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村井さんと毛利さんとインターネット物理モデル

もう2ヶ月も前になっちゃったけど,村井さんの還暦パーティーに行ってきた.これです.

「未来のことはSFC生にバトンタッチ」 村井純学部長 還暦パーティーを潜入レポート! | SFC CLIP

村井さんらしく来客層が多彩で,普通であれば大先生であろう方々が所在なげにしていたりして,ちょっと面白かったです.

……………………

私はWIDEの人では全くないし,村井さんと特段の付き合いがある訳ではまったくないのだけど,最初に会ったのはずいぶん昔だ.

村井さんと最初に会ったのは,米澤先生のお使いで村井さんの部屋にある,当時としてはたいへん貴重なレーザプリンタであったIMAGENにプリントアウトされた紙を取りにいったときだ.(ちなみにそのIMAGENのホスト名はpage.村井さんのマシンがclaptonで,あともう1台あった気がしたんだけど何だっけ? beckじゃなかったような気もするんだけど……)

いちばん最初はドアから入ったのか,それとも最初から“由緒正しく”窓から入った(ウィンドウプロトコル,だっけ?)のかは覚えていない.いずれにせよ窓から入ったときは,例のあの口調で「おまえ,この部屋への“正しい”入り方が分かってるな,えらいえらい」みたいなこと言われた覚えがある.

数えてみたらぴったし30年前.つまりは村井さんの還暦の半分のときだ.

……………………

パーティーは壇上にソファーがあり,「さんまのまんま」方式でゲストがやって来てはお祝いの品を渡し,話をしていくという形式.例えばインプレスの井芹さんはプリントオンデマンド本をプレゼントとか,そういう感じである.司会が永井美奈子さんなので,結構それっぽい(笑).

そんな豪華ゲスト豪華なプレゼントが続くなか,個人的に一番印象的だったのは,日本科学未来館館長の毛利衛さんだった.

毛利さんのプレゼントは,白黒の玉が4つ.何かと思ったら毛利さん曰く,

プレゼントというより,正確にいうと,お返しするもの.これは未来館にあるインターネット物理モデルで使われている球です.

おー,よく見ると確かにあの球だ.白2つ黒2つ.2ビット分だね.

それに続く毛利さんの話も,とても印象的だった.正確には再現できないけど,だいたいこんな話.

  • 村井さんにはとても感謝している
  • インターネット物理モデルは,未来館の展示物で開館時からそのまま残っている唯一のもの(え?そうなの?と思ったけど館長が言うのだからそうなのだろう)
  • 当時の小泉首相が未来館に来られて,インターネット物理モデルをみて「俺はこれでインターネットが分かった」と言ってくれた.そのとき未来館はこれで大丈夫だと思った
  • いま中国が政策で国中に科学館を作っている.そこにはインターネット物理モデルをそのままパクったものが置かれている.最初は上海の科学館がパクった.中国の他の科学館がその上海のやつをまた真似て作る
  • これは無許可でクレジットの表示もない.(村井さん曰く,ある日毛利さんから電話がかかってきて,いきなり「インターネット物理モデルを作ってもいいって言った?」って聞くから「いや」と答えたら「そう,分かった(ガチャ)」と言って電話を切られた,らしい(笑))
  • それ以降,上海の科学館に何度も何度も何度も,しつこくしつこくしつこく言い続けて,とうとう上海の展示の脇に,これのオリジナルは日本の科学未来館にあってクレジットはJun Murai,という説明を中国語と英語で書かれたものが置かれるようになった

……………………

上海にパクられたやつがあるって話は聞いた覚えがあったし,動画も見た覚えがあるんだけど,中国相手に交渉を重ねてクレジットを提示させたという話は知らなかった.

なんというか「毛利衛」力を,(また)しみじみと感じた瞬間だった.

パーティーから帰ってきてネットと戲れていたら,まさにその話をみつけたので,ついでに載っけておきます.該当部分をまるっと引用.この話の後に実際に置いたのを確認したってことなんでしょうね.

【毛利館長】
 はい、たくさんある。現在、中国では、省に1つずつ大きな科学館をつくろうという国の政策があるが、その中で一番力を入れているのが北京の、来年オリンピックがあるから、そこで未来館の10倍ほどもある規模の科学館ができる。オリンピック時はプレスセンターとして使われるが、そこのアドバイザーで私が呼ばれて、いろいろとお手伝いさせてもらっている。その他にも、香港の北方にある広州にも14万平米の大きな科学館がこの11月に完成しうる。それから、上海も大きな科学館ができたが、油断するとそのまままねをされる。実際にまねされた。それは中国では当たり前な事なのである。しかし、例えば上海で村井先生のインターネット物理モデルというのがそっくりまねされたので、粘り強く、今から3年前、まねされてすぐから、上海の館長が来るたびにその対応について言ったりし交渉してきた。それは業者の責任だから館は関係ないと。そういう中国の今までの文化があるのだが、それをこの間、先々週のASPAC(アスパック)のときに館長が来たので、もう一度、初めからそういう話をした。どうしてまねしてはいけないのかというと、「それは未来館にとっては、研究者のプライドを最も尊重する文化で成り立っている。私たちの展示はすべて研究者のオリジナリティーがあって、あの展示は、村井先生がスミソニアンに対してさえだめだと言った展示が飾られているのである。」ということを申し上げた。最終的に、これは村井先生のオリジナリティーがあるということと、そのオリジナルなものが未来館にあるという説明書きをようやく、中国語と英語によってつけるというところまでいった。それを持って帰ったが、本当にそれをつけるかどうかというのは、まだわからないので、私たちは検査に行きますよと念を押した。中国あるいはアジアとつき合うときには、ロシアもそうだが、ただ単にアメリカやヨーロッパの外交ではなくて、人間と人間がぶつかり合うけれども、最後は信頼されるというところまで持っていく努力が必要なので、非常に難しいと感じた。
……
【毛利館長】
 実際には、本当にしつこく、しつこく、交渉を絶対にやめてはいけない。顔を合わせるたびごとにそういうことを言っていかないと、特に中国は難しいと思う。しかし、いったん信頼されると永く続く。そういう意味で、今は上海とはそこまでこぎ着けたが、次から次へと、今度は上海をまねしてどんどんつくっていくので、2次使用、3次使用になっていくので、そのたびごとにやるしかない。

科学技術振興機構部会(第22回) 議事録:文部科学省

……………………

という訳で,毛利さんが村井さんの還暦パーティーで「インターネット物理モデル」の話をした,ということが江渡さんに伝わってないということがこないだ判明したので(何となくそんな気がしてたんだ),2ヶ月遅れでこのような文章を書きました.話の中身自体は江渡さんが知ってることだけだろうけど,毛利さんが村井さんに気持ちを伝える材料としてインターネット物理モデルを使いました,ということは江渡さんには伝わるべきだと思ったので,僭越ながら.

ちなみにパーティーのその後では,「赤いちゃんちゃんこ」を頑なに拒否する村井さんへのプレゼントとして,Gibson ES-335のCherry Redが贈られました.ていうか自分で選んだそうだ(笑).

個人的にはですね,イエローじゃなく真っ赤な被覆の10BASE5ケーブルを特注で作って,それで,ぐるぐる巻きにしてさしあげる,というのがいいんじゃないかと思っていたのですが,そんなん今どき特注対応してくれるところがあるのかどうか知りませんごめんなさい(笑).

あと,そろそろ村井さんも打倒される側にまわるというか打倒する側出てこないと危ないのではないか,みたいなことを言ってたらた遠山さんに「そこら辺を脱構築してしまったのが村井さんではないかと」みたいに返されて,なるほど,と思いました.が,そこで納得させられていてはやっぱし駄目で,いでよ若者! みたいな,うん.

という訳で,村井さん,還暦おめでとうございます!

村井純先生還暦を祝う会

ネットは無駄な炎上を増幅するけど過程を記録し可視化する

先週くらいに「炎上」していたアレを見ていて思った,『要約が産む誤解と炎上がネットで増幅される様は人間社会の宿痾を抽出しているようでもあり見てて暗澹とするけど,でも,その過程が可視化され記録されるネットはひょっとしたら福音でもあるのかなあ‥‥』という話.

(以下は要約ではない引用を貼ってるので長いだけです)

●パート1

とあるtwitterアカウントの一投稿が「炎上」した.こんなん.

「勉強したくても出来なかった、皆さんの周りにもそういう人がいるはずです。その人たちが勉強の代わりに自衛隊に行く、そんな状況をつくりたくない。そして本当に止めるために、解散総選挙も考え、動いていきたい」

SEALDs(@SEALDs_jpn)/2015年07月16日 – Twilog

これは実際にはこのアカウントの関係者自身の発言ではなく,細野豪志衆議院議員のスピーチ(YouTube)の要約だったらしい.スピーチの逐語書き起こしはこんな感じであるようだ(togetterの書き起こしより引用).

特に若い人たちに考えてもらいたい事がある。最後にそこだけ聞いてもらいたい。
毎年、一万三千人から一万七千人、自衛隊に新しい隊員が入っている。一万三千人から一万七千人ですよ。彼らは一生懸命頑張ってる、今は、志願する人達だけで自衛官を集めることができている、しかしみなさん、今は若い人はある程度いるけれども、数が減ってくるんですよ。十数年後にはもう二割減少する、三十年四十年経つと半分になるんですよ。今でさえ自衛隊の仕事は多い、災害派遣もあるPKOもある、国の防衛もある、そんなに数を増やして、自衛官確保できるんですか皆さん。
私はここに大きな問題が出てくという風に考えている。徴兵制はしない憲法違反だという風に 政権は言っています。私はそこは絶対に一線を守らなければならないと思ってますよ。
しかし、こないだこの質問をして、私は、とても不安になった。奨学金を出して、例えば、自衛隊に二年間がんばったらその後奨学金出してあげますよ。これは憲法違反ですかと問うたら、法制局の長官はそれは違憲ではないといった。これどういう意味ですか皆さん。
いま残念ながら格差が広がってる。
若い人たちたくさんいるけど、皆さんの周りでもね、本当は勉強したかったんだけども、出来なかったっていう人いるんじゃないですか?(間)そーいう若者が、そーいう若者が、本人は希望してないかもしれないけども、勉強するために自衛隊に入らざるを得ないような状況を、私は作りたくないんですよ。(間)そのために、我々は頑張らねばなきゃいかん。
今日は若い人達がたくさん来ています。しかしここに来れなかった若い人達もたくさんいるでしょう。私の娘は、高校一年生です。高校生中学生はまだ中々こういう所に来ることができない、さらには、本当にまだ生まれてない若い世代も含めて、我々はここで、しっかり未来への責任を果たすことによって、この法案阻止をしたいと思っております。
最後の最後にもう一つ、本当に止める、私もそのために頑張りますよ。しかし、本当に止めるためにはね、我々は作戦を変えなきゃならないかもしれない、政権を打倒するしかない。そのためには解散総選挙を求めるしかないんですよ。そのために、我々は頑張りますので、どーぞ皆さん力を貸してください。よろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

@SEALDs_jpnが自衛官を貧乏人呼ばわりする差別発言〜マグナム北斗が激怒して闇削除 #本当に止める – Togetterまとめ

●パート2

そもそも話題になっている「経済的徴兵制」.概念や言葉は昔からあるが,最近されている話と直接結びついているのは,去年9月の東京新聞の記事だと思われる.その記事は以下のようなもの.

貧困層に「経済的徴兵制」?
奨学金返還に「防衛省で就業体験」

 文部科学省は先月末、大学生らの経済支援に関する報告書をまとめた。有識者会議メンバーの一人はその検討過程で、卒業後に就職できず、奨学金の返還に苦しむ人たちについて「防衛省でインターンシップ(就業体験)をさせたらどうか」と発言した。若年貧困層を兵士の道に追い立てるのは「経済的徴兵制」ではないのか。(榊原崇仁)

 発言の主は、文科省の有識者会議「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」メンバーの前原金一・経済同友会専務理事。住友生命の常務取締役などを務めた人物だ。
 奨学金返済が話題にのぼった五月の検討会で、前原氏は「返済の遅延者が無職なのか教えてほしい。放っておいても良い就職はできない。防衛省などに頼み、一年とか二年とかインターンシップをやってもらえば就職は良くなる。防衛省は考えてもいいと言っている」と促した。……
[東京新聞 2014年(平成26年)9月 3日]

(参考:貧困層に「経済的徴兵制」?奨学金返還に防衛省で就業体験の画像 | かばさわ洋平 BLOG

これも元々は文科省の有識者会議(「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」)における民間委員(政治家でも官僚でもない)の発言(とある回での発言であり報告書[PDF]への記述もない)に関する報道だ.「報告書をまとめた」という文ではじまる記事だが,内容は報告書とは全く関係ない.また議事録にある発言の記述は以下の通りだ.

【前原委員】  前回も申し上げたのですが,こういうやり方も一つあります。今の経済状況を考えると,労働市場は非常に好転しています。まず,延滞している人の年齢別人数を教えていただきたい。それから,延滞者が無職なのか,低収入なのか,あるいは病気なのかという情報をまず教えていただきたい。
今,労働市場から見ると絶好のチャンスですが,放っておいてもなかなかいい就職はできないと思うのです。前も提言したのですが,現業を持っている警察庁とか,消防庁とか,防衛省などに頼んで,1年とか2年のインターンシップをやってもらえば,就職というのはかなりよくなる。防衛省は,考えてもいいと言っています。前の学生・留学生課長の松尾課長にも申し上げました。文科省だけで解決しようとしないで,国を挙げて,厚生労働次官にも申し上げたのですが,百数十万人いる無職の者をいかに就職させるかというのは日本の将来に非常に大きな影響を与えるので,それをやってほしいとお願いしているのですよ。もちろん負担が重くなった人を救うことは大事だけれども,もっと大事なことは,きちんと就職できるようにしてあげることだと私は思います。ですから,是非,文科省からそういう働き掛けをしていただき,こういう情報をきちんとつかんだ上で,地方自治に関わる総務省にも,そういう動きをしていただくと有り難いのですが。

学生への経済的支援の在り方に関する検討会(第11回) 議事録:文部科学省

……………………

という訳で,経緯を追うと,パート1もパート2も,「炎上」の発端となる状況は碌でも無いなあとしか思わないのだけど,でも,そんな経緯は記録されてるし状況の可視化も可能だしというのは,やっぱ良いことなのかもな,と思ったりもする.この手のズラした要約説明や報道による炎上は昔からあったけど,ネット以前はそれを確認する術がなかっただけなのだろうし.

無駄な炎上を増幅するけど過程を記録し可視化するネットの功罪はいかに.みたいな.

……………………

以下は個々の内容に関する個人的感想なので,別の話だけど,まあ,おまけで書きます.

パート1については,ツイートの要約はリアルタイムで入力するの要約文としては何ら問題ないと思う.確かに誤解を産みやすいが,「」で囲んであるしツイートの文脈でも引用(要約)であることは明らかだ.当該ツイートを(無言で?)削除したのはダメだと思うけど.

また,要約文の内容にせよ逐次書き起こしの内容にせよ,もしそれに問題があるとされたらそれに対応すべきなのは細野衆議院議員だろう.一般人ではないのだし.

パート2については,東京新聞は,というかこの記者は,恣意的な(個人的な感想を加えるなら「悪意のある」)記事を作りすぎだと思う.

  • 「現業を持っている警察庁とか,消防庁とか,防衛省などに頼んで」をわざわざ「防衛省などに頼み」と書く
  • 就職(へのきっかけ)のためのインターンシップであろう発言趣旨を,返済のための労働(インターンシップ)であるかのごとく誘導した文を書く
  • 「徴兵」などという(当然)どこにもでてこない言葉を持ち出す
  • “?”を免罪符にして「経済的徴兵制」というそもそも存在しない問題を提起する

どう考えても駄目.

そもそも防衛医大も自治医大も自衛隊に入り1任期だけ務めて辞める人々も数十年前から存在する.ということは,人々が懸念する「今の『未来』」のシミュレーションの素材は既にある.で,この数十年はどうだったのか,と.

細野豪志民主党政策調査会長氏は,その問題意識をアジテーションのネタにするのではなく,給付型奨学金導入に向けるのが筋だろう.個人的には,学生支援機構に対する事業仕分け[PDF]であった給付型を求める声を,当時の政権は華麗にスルーした印象がある.民主党のマニフェストをみてみると,2012年版には入っておらず,2013年版から入ったようにみえる.

そして,そもそもの経済政策の結果として雇用や賃金も改善させているのは表面上は今の連立政権っぽいけどね.どうなんだろ実際.

中華疆界変遷

(そもそもはFacebookの増井さんのところでの話だったのだけど,人のポストにつけたコメントは後から見つけるのがかなりつらいので自分とこにコピる→日記にも転載する)

1945年より前の中華民国の「中華疆界変遷図」なるものらしいですが,赤線で囲ってあるのは朝貢国も入れての過去最大版図ということのよう(凡例の1文字目が読めない."?時國界",萬?).

個人的に意外だったのは樺太と北ボルネオ.

ということでWikipedia頼りで調べてみると,どちらも朝貢したことがあるみたいです.そこら辺はちゃん何らかの根拠に基づいてるのかもしれないな,とか思った.

1264年 – 蒙古帝国(のちの元)が3000人の軍勢を樺太に派兵し、住民の「骨嵬」を朝貢させる。
樺太 – Wikipedia

ブルネイの朝貢については971年に当時の宋に対して行った記録が残っている。当時のブルネイの情勢は、南宋代の書物『諸蕃志』に「渤泥国」として記録されている。
ブルネイの歴史 – Wikipedia

ちなみにもう少しググってたらこんなん(台湾は「日本の生命線」 ── 「台湾問題」の向こう側にある「もの」)でました.こちらにある「1953年度北京政府発行国定教科書『現代中国簡史』に基づく」情報だと,北ボルネオは旧版図に入らないようにも読める.

でも何で日本は入っていないんだろ? 朝貢はしてるし,(正統性は怪しいのだろうけど)足利義満が日本国王に冊封されてるぞ.単に地図作成当時の力関係からなのか.実はそれほど原理的な(理屈がある)ものではないのだろうか.不思議だ.

マスメディアの無謬性

相変わらず面白い.

こういった「多くの目玉による検証」と「逐次記録性」に晒される以上,マスメディアたりとて今までのような無謬主義のままでは到底持たない.では無謬性を一片も持たないものがメディアとして成立するかというとそれはどうなんだろう? という.(程度問題なのか?‥‥違う気もするし)

何のことかというと,朝日新聞の箱根山「噴火」の記事の件.

箱根山で火山灰確認 「噴火だが噴火の表現適切でない」:朝日新聞デジタル

当初はこんなだったらしい.

見出し:箱根山で火山灰確認 気象庁「噴火だが噴火と呼ばない
本文1:同庁は「……影響もあるので、噴火とは呼ばない」としている。 
本文2:……火山活動評価解析官は、今回の噴出現象について、「理科研究の小学生に、噴火かと問われれば噴火だと答える。ただ、気象庁では噴火と記録はしないと説明する」と話した。

既に上の記述は差し替えられて無くなっているが,当初掲載時の内容の断片を見つけることはできる.例えば「現象は噴火だが噴火とは呼ばない | Walk in the Spirit – 楽天ブログ」とか「朝日新聞東京報道編成局のTwitter投稿」とか.

そして以下の経緯を辿る.


『噴火だが噴火とは呼ばない』って何だそれ,隠蔽だ! 気象庁何考えてるんだ,等々のプチ炎上.

そもそも「噴火の記録基準」という気象庁の規定(噴火の記録基準について [PDF])があってだな,という冷静な解説が出る.

朝日新聞,記事を差し替える.

見出し:箱根山で火山灰確認 「噴火だが噴火の表現適切でない
本文1:同庁は「……影響もあるので、噴火との表現は適切でない」としている。
本文2:…………火山活動評価解析官は、今回の噴出現象について、「理科研究の小学生に、噴火かと問われれば噴火だと答える。ただ、気象庁では噴火と記録はしないと説明する」と話した。

見出しはともかく本文中の「」内,つまり取材対象者の発言内容まで変わっているのはどういうことかと.
本文2で言われていることは,内容を理解した上で読むと,極めて的確な表現だということが分かる.

一方で毎日新聞の記事を見てみると,そもそも表現が異なる.たぶんこちらは正確なんだろう.情報源というか取材機会は同じなんじゃないかと思うのだけど.

気象庁は21日、神奈川県の箱根山・大涌谷で同日午後0時1分ごろ、約10秒間にわたり、噴煙に火山灰が混じる現象を観測したと発表した。
灰が飛んだのは火口周辺の狭い範囲で、同庁は「ごく小規模な現象で噴火とは記録しない」と説明、……
箱根山:噴煙に火山灰が混じる現象「噴火とは記録しない」 – 毎日新聞

(多少の経験がある身としては)気象庁さまお気持ちお察し申しあげます,という感に堪えない.

関連まとめ:“噴火だが噴火とは呼ばない”改め、“噴火だが噴火の表現適切でない” – Togetterまとめ

分かりやすい説明はこちら:箱根山大涌谷で火山灰観測 「噴火とは言えないレベル」気象庁 | ハザードラボ

確かな情報を得るには,このような専門系で信頼に足るところを自分で見つけていくしかないのだろうか……でもそれって大変だよな……って本当はそこを埋めるのが“キュレーション”ではなかったのか(遠い目).

立憲主義と教養

みんなすごいですよね,立憲主義の大切さや危機について声を上げていて.

しかし個人的な疑問なんですが,いったいみんな,いつどこでどうやって立憲主義なんてものを知ったのでしょうか?

私が立憲主義なるものをちゃんと認識したのは小室直樹さんの著書から.正確な時期は覚えてないけど,少なくとも大学生以降であることは確か.ひょっとしたら就職後かもしれない.刑法には「人ヲ殺シタル者ハ死刑又ハ無期若クハ三年以上ノ懲役ニ処ス」と書いてあるけど「人を殺すな」とは書いてないとか,だから「刑法に違反」できるのは国だけ,みたいな話も書いてあった.そして憲法が縛るのは国民ではなくて国(政府や政治家?)だと.

大変尊敬しておりまた多くの著書を読ませていただいていながら失礼を承知で言えば,やはりどう考えても,小室直樹氏の著書というのは「正当な」教養の入手ルートとは言い難い.

単に私が,中学高校の社会の授業や大学の教養課程の講義を全然聞いていなかっただけかもしれない(その可能性は極めて高い).先生達ごめんなさい.大学なんて,政治学は永井陽之助さん,社会学は今田高俊さんだった気がするのだが.なんともったいない.

また単に,たまたま中高生のときにその分野の正しい啓蒙書に出会う機会がなかっただけかもしれない.理数系方面では,例えば遠山啓さんやロゲルギストや本間龍雄さんの著書に出会っていたが,それは単に幸運なだけだったのか(彼らの著書が「正当」かどうかは正確には分からないが大きく間違ってはいなかったように思う).果たして数十年前に誰の著書に出会うべきだったのか? 今だに分からない.

(と,これを書いていていま思ったのだけど,実は岩波書店が特定分野では特定方向に傾倒していたのが問題の根源だったりしてw 理系分野はニュートラルで良かったなあ…… いや,どうだか知りませんが)

その手の教養を得るための想定正規ルートは一体どこら辺にあったんだろう? 正直分からん.分からん,ので,立憲主義!とか言ってる人をみると,ちょっとだけ眼差しに疑いの色が交ざってしまうのであった.いったい,いつどこで知ったの???

あ,そうか.文系の人はちゃんと学ぶルートがあるんですね! いいなあ……

(無理に文系理系に話をもっていく必要はないだろ>自分w)

P.S.
例によってここで日記に書く前に同じ内容をfacebookに書いてるのですが,そういうこと書いても(なお),さっきググった結果を貼る人はいても,自分はいつどこでどういうルートで学んだって言ってくれる人はいないんですよね.ほんとうに謎.

彼我の差

これを読むと別の意味での彼我の差を感じざるを得ない.

最後に政治家を縛るものは何か? | 岡田憲治

米国公民権運動の場合.(ここには書かれていないがそもそも)その100年前に奴隷制を廃止し人種に依らない参政権を規定する憲法修正をした(これが国民の合意に基づくものであれば美しいのだが実際には戦争の結果).いったん私人による差別は合法化されるものの,公的機関による差別を認める州法への違憲判決が出て,その後に公民権法が制定される.一連の過程では憲法を頂点とした法に基づく手続きが尊重されている.デュー・プロセスの国である.

一方で日本の安保法制はどうかというと,政府見解による憲法解釈の変遷と個別法の制定(と違憲訴訟の門前払いの山?)だ.なんだそりゃ.気を取り直して,では憲法解釈とはどういうものかというと,自衛戦争と自衛行動は違います,自衛戦争のための戦力と自衛行動のための実力は違います,という話らしい.なんだそりゃ^2.いったいそれらのどこに憲法を尊ぶ規範意識があるのか.そして誰が悪いのか.……日本だ.

件の参考人の憲法学者の先生方に私が感じた印象も同根なのだろう.もしあの場で,そもそも自衛隊の存在自体が違憲です,とか,だいたい違憲状態の手続きで選ばれている可能性が高い貴方がた国会議員の正当性自体が疑わしいし,そんな貴方がたで構成されるこの国会・この審査会の正当性についてどうお考えなのか,とか言ってくれたのであれば諸手を挙げて信頼できる.そうではなく,所詮,安全かつ効果的なフレームを設定してその中でアピールをしているだけなんじゃないかと.

同じくHuffington Postにこんな記事が出ている.

【安保法案】集団的自衛権、憲法制定時からこんなに変わった

「立憲主義の危機」はいったいいつ始まったのだろう?

“なあなあ主義”は日本らしい.実は私は“なあなあ”で動いてるものは無理に変えないでもいいんじゃないか派でもある.正確には,“なあなあ”はいつか必ず破綻するが,それがいつかは事前には予測不可能(従って「今が立憲主義の危機!」と言っている人は占い師や予言者だと思ってる),“なあなあ”は破綻の(遥か)手前で修正するか,破局を迎えてから対処するか,どちらをとるかはリスク/コスト/ベネフィットで判断するしかない,派である.

この“なあなあ”を破綻の手前で修正する選択肢はいくつかある.自衛隊を無くし警察力/災害救援力という位置づけを明確にしたものに変更する.あるいは,(今回の改正案ではなく)2001年のテロ対策特措法成立時より前のどこかの状態が明確に合憲であるよう憲法を修正する.その後の政権交代を経ても,そのままの状態で置かれていたものなのだから,(日本共産党等を除いて)反対はあるまい.

……

最後にリンク先文章の本題だけど,最後の安全弁を政治家の規範に求めるというのは正しい姿なのかなあ? 最後の砦は人(の規範意識)であるべきというタイプと,最後の砦は仕組みであるべきというタイプと,人類は2つに別れるような気がしないでもない.それはまた別の話.

(なぜこんな長文になるんだ)

コンピュータの定義とプログラミング

世間には「それ自身でプログラミングできないものはコンピュータじゃない」派の人が一定数いるのだけど,それだとマイコン(PIC, H8, AVR等々)はコンピュータではなくなる.私は,それらもコンピュータだ派,なんだけど,つまりそれは,「コンピュータ」の定義がそもそも異なる訳だ.

来るべきIoT(でも何でも言葉はどうでもいいが)時代は,そこら辺を,どう考えればいいのやら.(この話にオチはない)

「サラバ青春」にみる文系理系問題

文系理系問題が盛り上がってるので,昔から気になってた話をひとつ.大層な話では全然ないですw
(昔からは嘘だな.8年?前?……8年?もうそんな前なの?)

チャットモンチーの「サラバ青春」という曲がある.リクルートのCMにも使われてたらしい.いい曲です.ほんとにいい曲.そしていい歌詞

その曲にこんな一節がある.

卒業式の前の日に僕が知りたかったのは
地球の自転の理由とかパブロフの犬のことじゃなくて
本当にこのまま終わるのかってことさ
—「サラバ青春」チャットモンチー(作詞:高橋久美子)

いい歌詞なんだけどね.でももしこれを高校の理科の先生が聴いたとしたら,果たして心からいい歌詞だと思えるだろうか.私は教師でもなんでもないけど,ちょっと引っ掛かってしまったんだ.

興味深いのは,この詞を書いた久美子さんは,子供の頃からの教師になるという夢をとるか,当時プロを目指して活動していたチャットモンチーに入るかを散々悩んだ挙句にチャットを選んだ,というエピソードの持ち主だということ.教員免許も持ってるはず.教科は国語.

国語だと具体的なキーワードが思いつかないんだけど(国語教育に対する知識の貧困 :-),例えば「地球の自転」や「パブロフの犬」ではなく,高校の国語の授業で習う何かを例にあげて「知りたかったのはそれじゃない」と書くことは,果たして久美子さんにできたんだろうか.

別にこれをもってして,理系に対する文系の無理解とかそういうことを言いたい訳じゃない.詞を書いたとき,たまたま大学の理科教育に嫌な奴がいたとかそんな理由かもしれない(笑).ただやっぱり,そこに何がしかの溝があるのかなぁ,とか思っちゃったのも事実だ.

ちなみにベースの晃子さんは,高校のときは理系で,大学(久美子さんと同じ教育大)は家庭科教育だったはず.晃子さんは歌詞のこの部分に違和感を感じなかったのかなあ.それとも先輩だし念願のチャットに入ってくれた訳だし,とかで言わなかったのか.

まあ卒業式の前の日に授業をやることは無いと思うので,そもそも歌詞の読み方が違うんだろうね.

ただ,こんないい曲なのに,一度そこに引っ掛かってしまったが故に,そして自分が理系であるが故に,素直に聴けない一瞬があるのはちょっと悲しいなぁと昔から思ってた.

というお話でした,まる

以下,動画埋め込みコーナー.

えっちゃんとあっこさんの母校でのライブを収録したNHKのドキュメンタリー番組の一部.この番組の他の場面で,あっこさんが高3のときの担任の先生とのエピソードを話すシーンがあるんだけど,この先生たぶん,理科の先生なんだよね.

リクルート 卒おめプロジェクト2007 CM 30秒

リクルート 卒おめプロジェクト2007 CM 60秒
(外部プレイヤーでコメント非表示を初期設定ってできないの? ないか‥‥)

サラバ青春〜卒おめ2007Ver.〜 PV

この埋め込みメモを作りたくて書いたという説も若干‥‥w

Lady Gaga – Imagine

ジョン・レノンの「イマジン」は文句なく美しい曲だが,その歌詞が歌詞であるがゆえに時として唄う者や唄う場面を設定する者みずからに刃を向ける.例えば “Imagine no possessions” あたりで「どの口でそれを唄うか」と突っ込みたくなる局面はよく見かける.

レディー・ガガがEuropean Gamesの開会式でイマジンを唄ったビデオが流れてきてるが,聴くと歌詞を一部変えている.
“No need for greed or hunger” の部分を
“Nothing to kill or die for” で置き換えている.
アスリートたちのgameの場に “No need for greed” は確かにそぐわないのかもしれない.

他にも,
“the world will be as one” が
“the world will live as one” に,
“all the people sharing all the world” が
“all of the people sharing in the world” になっている.
意味合いの違いは何となく分かるが,正しく理解できるほど英語はできない.

人には人それぞれの考えがあるだろうが,少なくとも,“no religion, too” の部分の歌詞を変える人よりは彼女のことを,私個人は信頼するだろう.

彼女のファンだということは全くないのだが(1曲も持ってない),またガガさんへの好感度が上がってしまった.どうしよう.

日本の若者のコンピュータスキルが低いという話

Young Japanese have terrible computer skills. No, really – Quartz」という記事が一部で話題になってる.ざっと読むと「んな訳ないだろ」と思うのだが,素直に受け取り,シェア/RTする人もいたりして,何だかなぁと思う訳です.

こういうときは元資料にあたるのが一番なので,ちょっと読んでみた. 結論を先に言えば,このデータは日本の若者の現状を正確にあらわしていない可能性があり得ると思う.しかしそういうデータが出てしまった原因は明らかではない.

追記: 致命的な誤り(読み違い)が1点あったので本文修正しました.誤っていたのは,ICT基礎テストの合否は事前質問(background questionnaire)の結果から決めるのではなく,コンピュータ・ベースの調査の一番最初に行われる「ICT test (stage 1)」の結果によって判定される,という点です.ですので最後の方のスマホ(ケータイ)に関する「憶測」は全くの的外れでした.また別途関連の日本語資料等も見つけられましたので,参考資料の参照を追加しました.(06.02 22:30 追記修正)

という訳で以下本文(長文).

Quartzの記事について

記事の内容を要約するとこんな感じだ.

  • OECDの調査によると,日本の若者(16歳から29歳)のICT (Information and Communication Technology)スキルは先進諸国中で最低
  • 10%が基本的スキルのテストに不合格であり,15%がテスト自体を拒否した(OECDの調査では,テストを拒否した者はテスト不合格の者に近いスキルしか持たないことが明らかになっている)
  • 日本の若者の25%はコンピュータの基礎的なスキルを持っていない.先進諸国の平均は10%

Figure 2.5 Youth who lack basic ICT skills

いやヒドイですね大変ですね日本はもう駄目お先真っ暗ですね

……

という話だが,普通に考えると違和感あるし話がおかしい.そういうときは元の資料を読むのが一番である.

元の資料を見る

記事中のリンクから,データのソースは「OECD Skills Outlook 2015 – Youth, Skills and Employability (OECD技能アウトルック2015 – 若者の技能と雇用可能性)」という調査報告書であることがわかる.有償レポートのようだが,さらに検索するとGoogleブックスで中身が読めるのが見つけられる(OECD Skills Outlook 2015 Youth, Skills and Employability: Youth, Skills and Employability – Google eブックス).

問題のグラフは38ページにある.

全文を読み通した訳ではないが,このレポートでは,この図に関する分析は述べられていないようだ.37ページの上部に若干の言及があり,52ページのNote(注) 1に,このデータの由来が書かれている.ここから更に元の資料にあたることができる.

元の元の資料をみる前に,今回話題のグラフの正式な出典を明記しておく.これらの情報はすべて上記のOECD iLibraryから得られる.

まず引用表記は以下のとおり.

OECD (2015), Graph 2.5.  Youth who lack basic ICT skills: Percentage of youth (16-29), 2012, in OECD Skills Outlook 2015, OECD Publishing, Paris.
DOI: http://dx.doi.org/10.1787/9789264234178-graph10-en

グラフのエクセル形式のデータはhttp://dx.doi.org/10.1787/888933214453からダウンロードできる.また同じデータをWebで見られるようにしたものがここにある.

これによると,ICTスキルを持たないとされる日本の若者の割合は,

  • コンピュータを使ったことがない (No computer experience) — 1.2%
  • “ICT基礎テスト”に不合格 (Failed ICT Core stage) — 8.9%
  • コンピュータを使った回答を拒否(オプトアウト)した (Opted out of the computer based assessment) — 13.4%

を合計した23.5%ということになる.

これで数字は明らかになった.また注意すべきは,分類をあらわす表現が元データと記事とで微妙に異なる点.こういうところで微妙に話が変わっていくというのは,割とよくある話だ.

なお本報告全体の日本語要約は「OECD Skills Outlook 2015 (Summary in Japanese) – OECD Skills Outlook 2015 – OECD iLibrary」にある.

元の元の資料をみる

前述資料の記述から,元となる調査はOECDのProgramme for the International Assessment of Adult Competencies (PIAAC)の2012年調査だということがわかった.その具体的な情報は「PIAAC – OECD」にある.この調査の報告書は「OECD Skills Outlook 2013 – First Results from the Survey of Adult Skills (OECD技能アウトルック2013 – 第1回国際成人力調査結果)」でありPDFがダウンロード可能である.また前の資料と同様,Googleブックスで見られる(OECD Skills Outlook 2013 First Results from the Survey of Adult Skills: First Results from the Survey of Adult Skills – Google eブックス).さらにGoogle Play Booksで無料で配布されてもいる( OECD Skills Outlook 2013 First Results from the Survey of Adult Skills – Google Play Books).

なお,この調査における日本の状況に関する日本語のサマリは「SURVEY OF ADULT SKILLS – FIRST RESULTS – 日本」にある.まあ,これだけ読んでも充分に楽しめる.

(以下,追記.06.02 22:30)

さらに日本版の報告書も見つかった.「国立教育政策所編,成人スキルの国際比較−OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書,明石書店,2013,ISBN978-4-7503-3901-6」という書籍である.残念ながらこの書籍のPDFやGoogleブックスプレビューは存在しないようだ.調査結果の要約のみがPDFで公開されている.

(追記おわり.06.02 22:30)

さて,いよいよ本丸の資料に辿り着いたので,中を見てみよう.

今回の話題になっているデータは,86ページから97ページに書かれている”proficiency in problem solving in technology-rich environments (ITを活用した問題解決能力)”に関する調査の副次的データである(調査自体の主眼は問題解決能力のレベル測定).

87ページ Figure 2.10aに成人全体(16歳から65歳)のデータ,93ページ Figure 2.10bに若年層(16歳から24歳)のデータが掲載されている(16歳から29歳のデータは載っていない).これによると,日本の成人全体では,コンピュータを使ったことがない者とICT基礎テスト不合格の合計が20.9%,テスト拒否が15.9%の合計36.8%となる(本文中にICT基礎テスト不合格は10.7%とあるので,コンピュータを使ったことがない者が10.2%ということになる).また日本の若年層では,コンピュータを使ったことがない者とICT基礎テスト不合格の合計が12.1%,テスト拒否が12.9%の合計25%となる.

まあ,よい数字だとはとても思えないですね.

なお本来の調査目的である「ITを活用した問題解決能力」については,日本の成人(〜65歳)は平均並であり,若年層は他の参加国の同齢集団より劣っていた,という結果がでている.個人的には,日本の成人・若年層共に,ITを活用した問題解決能力におけるLevel 1およびLevel 1より下の者の割合が他参加国と較べて少ないように思えるのだが,報告書にその点に関する記述はない.

(以下,追記.06.02 22:30)

この調査については,文部科学省が日本語版報告概要「国際成人力調査(PIAAC:ピアック):文部科学省」を公開している.調査結果の概要(PDF)には次のように記述されている.

  • ITを活用した問題解決能力については、パソコンを使用したコンピュータ調査でのみ測定され、 紙での調査を受けた者については測定されない。
  • このため、PIAACでは、コンピュータ調査を受けなかった者も母数に含めたレベル2・3の者の割合で、各国のITを活用した問題解決能力の状況を分析している。
  • 我が国は、コンピュータ調査ではなく紙での調査を受けた者の割合が36.8%とOECD平均の24.4%を大きく上回っていることから、コンピュータ調査を受けなかった者も母数に含めたレベル2・3の者の割合で見ると、OECD平均並みに位置する。(図6、表6参照)
  • 一方、コンピュータ調査を受けた者の平均点で分析すると、我が国の平均点は294点であり、 OECD平均283点を大きく上回り、参加国中第1位。(図7参照)
  • また、レベル3の者の割合が参加国中最も多く、レベル1未満の者の割合が参加国中最も少ない。(図8、表6参照)

同様の考察を若者あるいは若年層に対して行った記述はないが,上述の成人全体の場合と同様の傾向がみられる可能性は充分あり得る.

(追記おわり.06.02 22:30)

「ICT基礎テスト不合格」と「テスト拒否」って?

(以下,手順の記述を修正.06.02 22:30)

さて,この調査でスキル無しということにされる「ICT基礎テスト不合格」と「テスト拒否」とはどういうものなのだろうか? 調査手順の概略が61〜62ページ Box 2.3と91ページ Box 2.10に書かれている.

OECD (2013), Box 2.3. Figure a. Percentage of respondents taking different pathways in the Survey of Adult Skills (PIAAC), 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris.

OECD (2013), Box 2.3. Figure a. Percentage of respondents taking different pathways in the Survey of Adult Skills (PIAAC), 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris.

それによると調査は以下のような手順をとるらしい.

  1. この成人力調査は,ノートPCを使ったコンピュータ・ベースのものと,紙ベースのものがある
  2. 調査の際,事前質問(background questionnaire)を行う
  3. 事前調査で「コンピュータを使った経験がない」と回答した者は,紙ベースで実施する.このケースが「使ったことがない」となる
  4. 経験ありと回答した者は,コンピュータ・ベースか紙ベースかいずれかの回答形式を選ぶことができる.ここで紙ベースを選択した者が,コンピュータ・ベースをOpt-outした,すなわち「テスト拒否」となる
  5. 経験があり,コンピュータ・ベースの回答を選択した者は,最初にコンピュータを用いて「ICT test (state 1)」というテストを行う.このテストで不合格となった者が「ICT基礎テスト不合格」となり,改めて紙ベースでの調査を行う

調査における全年齢(16歳から65歳)での平均は,上記3の「使ったことなし」が4.9%,4の「テスト拒否」が10.2%,5の「テスト不合格」が10.2%となっている.この値から前述の日本のデータをみると,多少悪い数値であることは確かである.

(修正おわり.06.02 22:30)

Figure 2.10a: Proficiency in problem solving in technology-rich environments among adults Percentage of 16-65 year-olds scoring at each proficiency level

OECD (2013), Figure 2.10a. Proficiency in problem solving in technology-rich environments among adults, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900612

OECD (2013), Figure 2.10b: Proficiency in problem solving in technology-rich environments among young adults, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900613

OECD (2013), Figure 2.10b: Proficiency in problem solving in technology-rich environments among young adults, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900613

報告書中の日本のデータに関する注記

実はこの報告書に,日本のデータについては注意が必要である旨が記述されている.まず全成人の「テスト不合格」者の割合が10.7%である点について,100ページ Note 17に

This may represent an over-estimate of the proportion of the Japanese adult population with very low levels of ICT skills. In particular, the proficiency in literacy and numeracy of these respondents in Japan was far higher compared to that of adults reporting no prior computer use in other countries.

とある.つまり,

  • この値は日本のICTスキルが低い者の割合を過大評価している可能性がある
  • その理由として,他の国ではICTスキルテスト不合格者の読解力(literacy)や数的思考力(numeracy)は低い傾向にあるが,日本のテスト不合格者のこれらの能力(習熟度)は極めて高い

ということだ.

また95ページには,

Japan is, again, the exception: the average literacy score among individuals who failed the ICT core is around 300 points.

とある.つまり他の国ではテスト不合格者の読解力は非常に低いにもかかわらず,日本のみ例外的に高い,とある.

一方の「テスト拒否」者についての日本に関する記述は特にない.報告書では,コンピュータ・ベースの回答をOpt-outして紙ベースを選択した者はコンピュータのスキルが低い傾向があると述べている.その根拠は91ページ Box 2.10 Figure aにある,コンピュータ・ベースを拒否した組の傾向はコンピュータ・ベース選択組よりテスト不合格組に近い,というものである.

また94ページ Figure 2.11にはICTスキルと読解力(literacy)の関係が,95ページ Figure2.12にはICTスキルと数的思考力(numeracy)の関係が示されている(Level 1〜3というのはICTスキルの習熟度調査の結果をあらわす).テスト不合格組(□)とテスト拒否/Opt-out組(●)の読解力と数的思考力(特に後者)は低い傾向があるが,ここでも日本は例外的であり,不合格組と拒否/Opt-out組の成熟度が非常に高いことが読み取れる.

OECD (2013), Figure 2.11: Relationship between literacy and problem solving in technology-rich environments, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900650

OECD (2013), Figure 2.12: Relationship between numeracy and problem solving in technology-rich environments, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900650

OECD (2013), Figure 2.12: Relationship between numeracy and problem solving in technology-rich environments, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900669

OECD (2013), Figure 2.12: Relationship between numeracy and problem solving in technology-rich environments, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900669

なぜこうなった? —ICT基礎テスト不合格

では,なぜこのような結果になったのだろうか?

(以下,記述の内容を大幅修正.06.02 22:30)

ICT基礎テストとは,以下のようなものらしい.

A set of easy basic computer tasks to assess basic functional computer skills necessary to take the main assessment on the computer.  (Program for the International Assessment for Adult Competencies (PIAAC) – Computer-based assessment (CBA))から引用)

basic ICT skills, such as the capacity to use a mouse or scroll through a web page, needed to take the computer-based assessment.  (OECD Skills Outlook 2013 – First Results from the Survey of Adult Skills, Chapter 2, Table 2.4, 88ページから引用)

テスト(ICT test, stage 1)が具体的にどのような内容であるかは残念ながら見つけることができなかった.後述の「属性分析による回答者グループの特徴−コンピュータ調査に参加しなかった者の背景要因を探る−」という論文の注19によると,日本版報告書となる「国立教育政策所編,成人スキルの国際比較−OECD国際成人力調査(PIAAC)報告書,明石書店,2013,ISBN978-4-7503-3901-6」の”P.120のコラムにICTコアの内容について詳述されている”らしい.前述したように,この書籍のPDFあるいはプレビューは残念ながら見つからない.

日本のICT基礎テスト不合格者の状況について,100ページのNote 17にこのような記述がある.

At the same time, the majority of those failing the core in Japan reported limited use of ICTs in everyday life.

事前質問(background questionnaire)では,職場(at work)と日常生活(outside your work,職に就いていない場合はin everyday life)のそれぞれについて読解力・数的思考力・ICTに関する状況を聞いている.日本の調査では,テスト不合格者の多くは日常生活におけるICT利用度が低かった,とのことだ.

ここから先の分析は報告書にはない.

当初は,以下にスマホと事前質問の項目を書いていたが,資料を読み違えており,基礎テストが事前質問の結果で決定されるものではなく別途コンピュータ・ベースのテストを行った結果であったため,それは全く意味のない文章となった.

一方で,当初の記述とは全く逆の影響も想定できる.つまり,スマホ/ケータイの利用経験により「コンピュータをつかったことがある」とになった者が,実際にコンピュータ・ベースのテストを受け,(スマホの利用経験はあるがノートPCの利用に慣れていなかったため)ノートPCの基本的な操作が出来ずに不合格となった,という状況である.と,これも根拠のない憶測にすぎないが.

(前述のとおり以下の内容は前提が誤っていたために意味がないが参考までに残す.06.02 22:30)

だが,ようやくここまで来て,最初っから皆の頭の中にあったであろう理由が浮かんでくる.

つまり,「スマホ(ケータイ)?」という奴だ.

事前質問(background questionnaire)の詳細は「Main Elements of the Survey – OECD」に載っている.具体的な質問はここにある.そこから日常生活でのICT利用に関する質問(99ページから)を抜粋するので,2012年の日本の16歳以上の職場以外での生活を思いながら回答してみるとどうなるだろう?

  • Have you ever used a computer?
    (This includes cell-phones and other hand-held
    electronic devices that are used to connect to the internet,
    check e-mails etc. By computer we mean a mainframe, desktop or laptop
    computer, or any other device that can be used to do such
    things as sending or receiving e-mail messages, processing
    data or text, or finding things on the internet.)
  • Do you use a computer in your everyday life now?
  • How often do you usually … use email?
  • Use the internet in order to better understand issues related
    to, for example, your health or illnesses, financial matters,
    or environmental issues?
  • Conduct transactions on the internet, for example buying or
    selling products or services, or banking?
  • How often do you usually … use spreadsheet software, for example Excel?
  • Use a word processor, for example Word?
  • Use a programming language to program or write computer
    code?
  • Participate in real-time discussions on the internet, for
    example online conferences or chat groups?

以下は主観的な個人の感想だが,仮にスマホ/ケータイの利用が正しく反映されるのであれば,この質問に対するスコアが低くなるとは到底思えない.「スマホ/ケータイを,使ったことがありますか? 日常的に使いますか? スマホ/ケータイ使って,メールしますか? ネットで調べものしますか? 買い物や銀行の手続きしますか? リアルタイムでメッセージのやりとりしますか?」‥‥どうだろう.一方でスプレッドシートとワープロとプログラミングが低くなることは充分想像できるが.ひょっとして質問を日本語で行う際にcomputerやinternetの定義についてミスディレクションしたんじゃないか,という気すらするが,それは何の根拠もない憶測にすぎない.

(修正おわり.06.02 22:30)

なぜこうなった? —テスト拒否と呼ばれてしまう紙ベースの選択

なぜ日本では,〜65歳で15.9%,〜29歳で13.4%,〜24歳で12.9%が紙での回答を選んでしまったのだろうか?

日本/日本語のサマリにもその理由は分からないと書いてある.

また、相対的に大きな割合の日本人がコンピュータを利用した経験がある(15.9%)にもかかわらず、コンピュータ調査を拒否した。その理由は明らかではない。(2ページ)

前述したように,紙での回答を選んだ者のICTスキルが低いとする根拠は91ページ Box 2.10 Figure aのみであると思われる.これは妥当であろうか.

OECD (2013), Box 2.10. Figure a: Adults’ range of experience with computers and the computer-based assessment, by socio-demographic profile, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900802

OECD (2013), Box 2.10. Figure a: Adults’ range of experience with computers and the computer-based assessment, by socio-demographic profile, 2013, in OECD Skills Outlook 2015 - Youth, Skills and Employability, OECD Publishing, Paris. DOI: http://dx.doi.org/10.1787/888932900802

(以下,追記.06.02 22:30)

国立教育政策研究所紀要 第143集 (平成26年3月)」にこの調査に関する特集([特集 国際成人力調査からの知見])があった.「属性分析による回答者グループの特徴−コンピュータ調査に参加しなかった者の背景要因を探る−」という論文はこの問題に関する分析を行っている.この論文の目的は,

PIAACではCBAの拒否理由までは知ることはできないが、コンピュータ未使用経験者、CBAの拒否者やICTコアの不合格者などPBAを受けたグループはCBAを受けたグループと等質であるのか異なるのか、異なるとすると何がどのように違うのか、本稿ではそれらのグループの特徴をいくつかの属性について明らかにしたいと考える。

というものである.興味がある方はぜひ.

(追記おわり.06.02 22:30)

おわりに

と,これで,確かなことや原因は分からないまま長い文章を終える.

まあ,元データを掘ると色々と愉しいよ,というお話である.

最後に元のQuartzの記事の話に戻ると,そこでは日本の若者のICTスキルが低い原因として教育システムの問題がほのめかされている.しかしそれは単なる推測で何の根拠もないように感じた.リンクが張られている論文が根拠だとすると,その理由は理解できなかった.

以上です.なお,最初はタイトルを「日本の若者のコンピュータスキルが低いという話を鵜呑みにする人は資料を読むスキルが低い」にしようかと思っていたが,そう言い切れるまでの結論は得られなかったので,初の煽りタイトルは没となった.残念.:-)

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