(OTOTOY Weeklyの新譜紹介から2025年7・8・9月分を転載)
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Frankie Cosmos『Different Talking』
好きなものは好きだ、そんな言葉が思い浮かぶのは、このFrankie Cosmosの6枚目のアルバムが「“原点回帰” ね」などと言われ得るることへの心理的防御だろうか。だが “かつての自分” と無関係でいられるものなどいない。意図して時間軸にわたって内省的であることに意味はある。そのうえでこんな素敵なアウトプットが生まれるのであれば、なおさらだ。制作用に借りた家のリビングルームでのセルフ・レコーディングとのことだが、「音が良い」アルバムだ。そうした大小の揚棄を重ねることで、ひとは前に進む。
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daisansei『春団欒 ep』
優しく切なく沁みる歌メロ、言葉にしておかないと通り過ぎていってしまう何気ない情景や記憶を紡ぐ歌詞。かつてあったであろう、フォークソングとアメリカン・ポップス/ロック、UKポップス/ロックとの葛藤の平和的解決が、いまもこうして歌い続けられている。だが歌われ奏でられる音の鳴り・共鳴の快感は全くもって「今」だ。daisanseiは日本のポピュラーミュージックの系譜の正統な後継者だと思う。
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望月起市『すべて光の為に』
望月起市のキャリア初となる1stフルアルバム。ライブをアコースティックなソロセットと卓抜なサポートメンバーを擁するバンドセットとでやりわけるような音楽的発露が、音源にも現れるかのごとくフォーク、オルタナティブ、インディーポップなど様々な要素が絡み合う11曲を収録。高井息吹や幽体コミュニケーションズ・吉居大輝の客演/参加も印象的。9月にはリリースを記念したワンマンライブを開催予定。
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しんきろうのまち『しんきろうのまち』
しんきろうのまち、セルフタイトルのフルアルバム。グッドメロディとメランコリー。柔らかなトーンで、感情を押しとどめるように紡がれる歌。しかしその底には、燃えさかるような激情が見え隠れする。エレクトリック・ギターという楽器の不思議さと魅力を、あらためて思い知らされる。日本のロックシーンに連綿と連なる系譜に、こうして新たな作品が投じられることを、心から歓迎したい。バンドを続けること、音楽を作り続けること、そしていつも「その先」に手を伸ばし、歩き続けること。それらに向けるべき称賛に、どんな言葉が相応しいのか。ここではまず──ありがとう、を。
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The Otals『All Imperfect Summerland』
シューゲイザーが夏と結びついたのはいつどこからなのだろう? これは日本特有の感覚なんだろうか? この夏を描くためだけに準備されたという、The Otalsの2ndフルアルバム。全17曲、70分超の大作。「永遠と一瞬」の対比がテーマであるならば、たしかにそれは夏そのものだ。いわゆるシューゲイザーの「浮遊感」とは異なる、FAXxxxxxとMarinaの男女ツイン・ボーカルの「虚構」が、ふと地に接するときに感じるヒリつきは、常になにかが足りなくて終わることが分かりきっている夏の痛みと同じだ。
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fumi『無意識の変質』
吉田涼花 (plums) と藤谷真吾 (1inamillion) による音楽プロジェクト、fumiのニュー・アルバム。各収録曲名についている “Elc version” とは、(バンド・アレンジではなく) 打ち込みのトラックを主体とした楽曲アレンジを示す。fumiはライブでもバンドセットとElcセットのライブをやりわけている。fumiの魅力である吉田の声と藤谷のギターが俯瞰的な視点で味わえる、面白い試み。Elc versionはバンドversionより80cmくらい宙に浮いている感がある。空を飛べるなんて羨ましい。
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オートコード『that you know』
ロックのギターには胸を締め付けさせる力がある。それはみんな分かっている。だが、なぜ、どうしたらよりキュッとさせられるか、それはいつまでたっても分かりきれないのだろう。だから今日も誰かがギターを鳴らし、歌をうたう。今の感傷もノスタルジアも混ぜ込ぜにして。京都の4人組から送られてきた “2025年の夏”。
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家主『NORM』
家主の最新EP。5曲しかないのか……という気持ちになってしまう充実の作品 (言ってることが矛盾してる)。ロック/ポピュラー・ミュージックの歴史への敬意と己の創意を4ピースバンドという形態に注ぎ込み、そして生まれるグッド・ミュージックたち。心地良くそして切なく、胸をクシュッとさせえるエレクトリック・ギターのフレーズとともに繰り返し歌われる「今日も不安でよかった」という言葉。よかった… と よかった? の間を揺れつ行き来するビート。ラストの “YOU” は「NO FADE ver.」。名残惜しさ満足感に満ちる1分半のアウトロ。もっと、もっと。
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水野蒼生『& fancy.』
オルタナティブ・クラシカルを掲げる音楽家、水野蒼生の自身初のEP『& fancy.』。ゲストとして君島大空がギター/コーラスで、尾崎勇太 (Khamai Leon) がラップ/フルートで参加している。指揮者、クラシカルDJとして知られる水野蒼生が自身でのオリジナル楽曲制作を開始し、今回届けられた4曲入りのEP。クラシカルな技法・エッセンスと、近年の日本のインディペンデントの潮流との接地のしかたが興味深く、その差配が心地よい。まだまだ楽しみはたくさんあるな、と思わせてくれる作品。
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國『Kids Return』
人はなぜ歴史を学び、古典を読むのだろう。よく言われるのは、現在の自分を相対化し、過去を共有する他者との共通言語を持ち、未来を歩むためだ。スマッシング・パンプキンズが12年ぶりに来日する2025年9月にリリースされた、若きオルタナティブ・ロック・バンド、國の1stフルアルバム。90年代の音像を濃厚に湛えながら、自らの知性と意志に基づき緻密に編まれた楽曲群。今日ここからこれを共通言語にすればよい、とさえ思う。M10 “Tiny Sun” はこんな歌詞ではじまる。「鏡の中に 新しいことなどない 同じような歪み 作っては壊した」。國が差し出す新しい光を、わたしたちは見逃さずにいたい。
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Blume popo「月夜銀河へ」
胸の内のざわめきに寄り添い、ささやかな下支えを試みる、エレクトリック・ギターの旋律。同様に、歌い手と聴き手が互いの距離を確認しあうかのように響く歌詞と歌。声量が上がりバンドの音の厚みが増す瞬間、まさに歌詞のように、背中を押し、押される。ドイツと日本の2拠点で活動してきたバンドは今年、拠点を東京に移すとのこと。
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Khaki『ソロ・コンサート 2024.12.1』
昨年12月に恵比寿LIQUIDROOMで開催されたワンマン・ライブを収録した、Khaki、自身初のライブアルバム。あの日あの場所にいたものは皆待ち望んでいた、あの場にいられなかったファンが切望したリリースだ。Khakiのライブならではの色やダイナミズムが余すことなく収められている。今年5月にリリースされた彼らの2ndアルバム『Hakko』にも収録される、個人的にも今年前半随一の問題楽曲だと思う “文明児” のライブ・テイクがいつでも聴ける、ただそれだけでも嬉しい。
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Lola Young『I’m Only F**king Myself』
ロンドン出身のシンガー・ソングライター、ローラ・ヤングによる3枚目のスタジオ・アルバム。UKチャート1位を獲得したシングル「Messy」、前作アルバム『This Wasn’t Meant for You Anyway』を経て届けられた本作には、彼女の強さと脆さ、誇りと混乱が、全14曲を通して繊細に織り込まれている。ジャンルをまたぐサウンド・プロダクションは時代の空気を映し出すが、それらを貫くのは彼女の〈声〉の強度だ。「強くありたい」と「傷ついている」の間を行き来する自分、誰にもある揺らぎ・矛盾・混沌。聴き手それぞれの「今日」がここから立ち上がる。