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1995年05月07日からの日記

デリケートなロボット

なんか話題持ち切りなニュースになってるけど,ソースは単一,Bloombergのこのニュースだけっぽい.ホンマかいな.

これを読むと「ニュース」に関してはよくわかる.でも何か怪しい〜という個人的読後感に満ちてしまい,「事実」に関しては全く参考になった気がしない.

ところでこの記事中に新型Atlas(二足歩行ロボ)が

lifts a brown box and delicately places it on a shelf

するとか書いてあるんだけど,これを読んで,やっぱしこの人達(米国人?)とは永遠に分かり合えないなー,とか思ってしまったw だってこれですよ.これが "delicately" かよ,とww (特に2つめ)

ついでに元記事の最後にAtrasのビデオに対するネガティブな(社会の)印象の理由として「人間の仕事を奪う」ってあって,え,そっちなの,とも思った.宗教的理由とか軍事利用における倫理的側面とかじゃないんだ.人の仕事を奪う,だったら,日本とかいう国がつくってる産業用ロボットが既に山程の戦果を‥‥

主な理由の収益云々については,これも怪しい(目眩ましな)気がする.

若者のPC離れ

(若者の)PC離れ/パソコン使えないっていうときの「パソコン」なるものが,エクセル管理簿,罫線アート,パワポ曼荼羅のたぐいだとしたら,離れた人々の方が正しいのだろう.

今日びのスマホ/ウェブサービスは,利用者のファーストページがTODOリストとなっていたり,ノーティフィケーションが正しく機能しているものが多い(例えばチケキャンとか?).実際あれは正義であって,パソコン的なUXは滅びて然るべきだと思えてくる.

…………

以下,話はそれる.

でも,チケキャンとかも,その素晴らしいTODOや通知に自社キャンペーン動線が入ることがあり,あれはその価値を貶めてるとしか思えないんだけど,そこら辺はまだ工夫の余地があるなあ,とか.(そういえば最近見なくなった気はするな)

Google DeepMind AlphaGo (その4)

一部の人々は,機械(AI)が人間には理解できない,だが結果として「善い手」を提示したとき,人間は社会はそれをどう受け止めるのか/受容可能なのか,という点に注目している.

でも一方で,人が人に案を提示するが,される側がそれを理解できないが故に……という事例は人間社会では太古の昔から頻発している(通常の反応は「拒絶」) .人の社会では提案側の絶望が語られる一方で,大切なのは丁寧丹念な説得の技術と努力だ,ということになっている.

という訳で,AI()の真なる目標は,説得技法の実現になる.もしくは,説得不要の見えない管理型で社会を運用していくメカニズムの実装……

いやー,どっちもきついなー.

...

でも,例えば『データの見えざる手』の矢野和男さんの話とかは,その説得と見えない管理のバランスに凄く意識的積極的に取り組んでいるように思える.つまり,きついなー,とか言ってる場合じゃなくて,真っ当な人達はそこにきちんと正面から向き合っているのだろう.

これとか読むとその雰囲気がわかる気がする.

脊髄的に拒絶する(というかバカにする)人が多い「ハピネス」出てきますけどね(笑)

...

ていうか,こないだの阪大のあれのときにも思ったけど,幸福感はハック可能であることを素直に受け入れればいいのに.なんでみんなあんなに下に見るんだろ?(幸福と幸福感は違うとか当り前だし,あれは批判のつもりなのか?) 報酬系やら幸福感やらのハックこそがヒトの歴史(暴論)

...

と,最後は盛大に話がそれましたが,以上,Google DeepMind AlphaGo関連4連投(facebookポストの再構成)でした.久々に響いた(そりゃそうだよ),ということで.

Google DeepMind AlphaGo (その3)

...

素人なりに考えると結局,人間は囲碁を部分的にしか理解していなかった,ということなのかなぁ.言い方を変えると,実は,囲碁は,その探索空間の広大さ(場合の数の多さ)がゆえに人間には不得意な問題だった,ということだったりして.さらに別の言い方をすると,計算量は多い(探索空間は広い)が問題自体は「単純」だった,とか.

今回に至るブレークスルーは,モンテカルロ木探索,UCT,機械学習,ディープラーニング,自己対戦,強化学習,計算プラットフォーム,あたりだろうか.

人間が把握していなかった空間をAlphaGoが「読めた」理由のひとつは,モンテカルロ碁のランダム性と自己対戦による強化学習と計算するソフト&ハードの技術,だとも考えられる.また逆に第4局の後半が「酷い」のは,そこがAlphaGoにとっても未探索の性質をもつ探索空間だった可能性もある(だとすると,未探索な空間がまだ大量に残っているのかもしれない).

7〜8年くらい前かな,一部分野研究者の複数人/チームが『認識(探索)とは生成だ』的なことを言い出して,ずっと心に引っかかっているのだけど,今回の話はそこに繋がっているような気もする.

いずれにせよ出発点は人間が残した棋譜であり,つまりこれは,過去から現在に至る棋士/技術者を併せた人類のチームプレイにより成し遂げられつつある,巨大な問題に対する「勝利」とも言えるのではないだろうか(なんてね)

...

これ↑は自分のためのメモであり内容が妥当なことを全く保証しません.

いや今回のこの界隈の話って,役立たずになった古い知識による陥穽の玉手箱みたいなもので,プロで立場がある人ほどそれ分かってるから迂闊なこと言わない.

というわけで,以上,素人の気軽さ迂闊さから書いておりますです(笑)

Google DeepMind AlphaGo (その2)

...

しかし今日の李世乭氏がAlphaGoに勝ったとき中継等々にあった空気は,かつてTVや映画で何度となくみてきた,ヒーローが地球外生命体から人類を守ったシーンに自分史上一番近い現実だった.実情はまだ不明なのでさておき印象として,だけどね.こんなシーンが現実としてみられるとは.まさに長生きはするもんだ案件.

はたして人類はこのメッセージをあと何回見ることができるのだろう的,記念スクリーンショット.結局この一回限りだった.なんてことになったらどうするんだ,みたいな.

Match 4 - Google DeepMind Challenge Match: Lee Sedol vs AlphaGo
AlphaGo resigns
The result “W+Resign” was added to the game information
[Close]

...

それにしてもさ,コンピュータは電源引っこ抜けば……とかいうのを散見するけど,このご時世CPU=クラウドな訳で.クラウドにあるのを落とすのはそう簡単に出来ない.その昔のコンソールゲーは腹立ったら引っこ抜いてブチ壊せばおしまいだけど,いまのスマホゲーとかオンラインのゲームとかは「壊せない」.退会アカウント削除の手段もないとかもあるし(あれは腹立たたしいw).そういう意味で「AI+クラウド」は単なる「AI」から「邪悪度」を更に増している.

たとえば,狂信的なファンが会場に侵入してコンピュータを破壊,ネットワークを切断したところから始まる小説を考えてみると……

・・・
AlphaGoは半年間「考え」つづけていた.
トラブルを想定して試合が中断することは想定されていた.
だが,中断しているあいだ「思考」してはいけない,という規定はなかった.
あれから半年が経ち,対局が再開されることになった.
その間ずっと考え続けていたAlphaGoは,ひとつの結論に達していた.
それは……

ここからの人類の逆襲は可能なのか?!
・・・

みたいな?

まあ実際には学習フェーズと対局フェーズは違うので,厳密にはそうはならないんだろうけど(笑)

Google DeepMind AlphaGo (その1)

...

Google DeepMind AlphaGoの李世乭氏との対戦は色んなことを考えさせる.

つくづく人間というのは,メンタルの奴隷であり,かつ,メンタル解釈主義の奴隷なんだな,と思った.この期に及んでなお,流れとか空気とかいう言葉を使う外野の人がいるが,プログラムには流れも空気もないだろう.(いやひょっとしたらあるのかもしれないけど.もしあったとしたらそれは機械と知性の更に次の話のような気もする←適当)

...

AlphaGo対戦は色んなことを考えさせる.脇道編.

中継はYouTube.つまりGoogleが中継も自前でしている.GoogleがYouTubeを買い,所有しているいることに色んな想いが至る.ついでに言えばそれが故に中国本土では中継が見られないことも(とはいえ適宜勝手に画面中継はされているのだろう).……と思ったら,CCTV sports (体育_央视网)で中継されてたんだろうか? それともニュース扱い?(よく分からない)

李世乭氏より強いとされるのは孔杰氏とのこと.中国の棋士だ.ということは中国政府・中国共産党の管轄下にある.仮に中国人棋士とAlphaGoが対戦する運びとなる場合,Googleと中国政府・中国共産党との間にはどんな政治的駆け引きが繰り広げられるのだろう.

"The Next Big Thing in Design"

IDEO—博報堂傘下に,のニュース(「グローバルに展開するデザイン/イノベーション会社IDEO社、博報堂DYグループの戦略事業組織「kyu」の一員に | 博報堂 HAKUHODO Inc.」)は,ニュース自体もそうだけど,ニュースに驚いている/動揺している方々をみて,ああこういう層の人たちがIDEOを見ているんだー,と観察するのも面白かった.

会社を売るからには大人の事情やらお金の事情やら何の事情やら色々とあるのだろうけど,そんなことはおくびにも出さず,どこまで本気でどこまで言い訳やらハッタリやら分からない檄文をTim Brown (CEO)が発表してしまい,さらに動揺が拡がる,みたいな.これです.

曰く,

  • 生まれてから30年が経過した俺らの組織は,もう今のハイペースな技術の進歩についていけない
  • 我々が創りだしたやり方は,もうピークは過ぎたし,そこら中にあふれている(コモディティ化した)
  • より大きな,社会的な問題に取り組む必要があり,それに新しい環境や体制が必要だ
  • ラボで回せるような規模での「観察・プロトタイピング・テスト」は他人に任せて,これから俺らは,どデカい対象をどデカい体制で“(interaction) design”するんだぜ,ヒャッホー(←こんなことは書いてありません :-)

「卒業」するにあたり,より大きな・社会的な課題を掲げる,というのはありがちなパタンなので100%真に受けてもいけないのだろうが,それにしても刺激的な‥‥

ところで.

今この現在,どデカい問題にどデカい体制で取り組んでいる人々がいないのかというと全くそんなことはなく,政府とかデカい企業とかが連綿とそれを続けてきた訳だ.彼らの言い分とか発奮とかもまた聞いてみたいものであるが,そういう人達の言葉はほとんど激文化しないのでちょっと残念.言い分はある筈なのだけどなあ.

文中では

analytical cultures traditionally start with an answer, and then break the problem down into its constituent parts

creative cultures start with questions and look at problems holistically

という対比が出てくる.結果として同じ「区分け」になる気もするけど,視点は違いますね.

あと微妙に引っかかったのが,

Organizations and systems must be redrawn so that they are able to make use of today’s technological capacity in ways that help humans, not hurt them. The sci-fi specter of A.I. that outsmarts us or an Internet of Things that controls us can only come true if human-centered design is not present at the drafting table.

というくだり.

ともあれ,この檄文を読めて大変に良かったです.

(誰か日本語に訳せばいいのに)

P.S.
こちらのポストも参考にさせていただきました.(なぜこれ↓はembedded postにならないんだろう??)

IDEOが、博報堂グループのKyu Collecticveの資本参加を受けるというニュースが飛び込んできました。ティム・ブラウンCEOが、その意図を説明しています。…

Posted by Atomos Design on 2016年2月9日

————

恒例?のtumblrコーナー(これは自分のためのメモ用に便利だということに気付いたw)

馬鹿だと思うが,決して馬鹿にしない

これ全篇「名言」だらけである(笑)

第2回 イノベーションはハッタリから生まれるのだ|エステー会長 鈴木喬|ダイヤモンド・オンライン

最初にリンクだけfacebookに貼ったのだけど,惹かれる人が多いようで反応が良かった.

内容をひどいと感じる人もいるだろう.が,言ってることは,まあ「正しい」.

だけど,たぶんこれ実際に話してる内容はもっと凄くて,文章に起こしたときに随分マイルド化されてるような気がする(笑,根拠ないけど).

「満足感」という言葉とともに製品の本質的価値とは少し外れたものを挙げている部分は,マイルドに言っているだけで要は,ユーザーは『馬鹿』(言葉が過ぎるのであれば,『騙されやすい』)と言っているに等しい.

そこら辺を,tokoroten氏がはてブコメントで

化学製品にUXの概念を持ち込んだから強いのかー

と評しているが,なるほど,それをUXだと表現すると分かりやすいですね(昔はUXって何だか分からない概念の筆頭みたいだったのに今は昔.あやっぱ結局分かったようで分からないけどw).

でも馬鹿だと思っていても馬鹿にはしてないよね.絶対に.

平均的な顧客やユーザーは賢い訳ではないという認識を持つ,と同時に,顧客やユーザーを決して馬鹿にしてはいけない.それが相反しないことだと組織に徹底させる.言うは易く行う(行わせる)は難し,てな感じなんだろうか.

よくよく考えてみたらAppleの視点もまさにそれ(馬鹿&¬馬鹿)のような気もする.

面白かった.

…………

当該記事,山ほどtumblrってしまった(笑).結果はこちら.

Happy Birhday to "Happy Birhday to You"

ニュース.

この記事だけで既に面白いんだけど,元記事の

を更に読むと,元々この訴訟はclass action (†1)であり,加えて,

The plaintiffs were represented by attorneys led by Mark Rifkin, who according to the settlement terms will be seeking a $4.62 million fee, a third of the $14 million settlement fund. The rest would go to those who have paid to license “Happy Birthday” and meet the definition of the proposed class. Those folks are estimated to have spent more than $50 million on licensing fees on “Happy Birthday” over the years.

とか書いてあって,アメリカいろいろと凄えなと思わずにいられない.

大雑把にいえば,

  • 和解金は1400万ドル(16億円)
  • 弁護士への報酬は462万ドル(5.3億円).成功報酬 33%
  • 残りの924万ドル(10.6億円)はこれまでライセンスフィーを支払っていた人々に分配する(†2)
  • なおこれまで支払われた(本来は不要であるのに請求していたということになった)ライセンスフィーの合計は5000万ドル(57.6億円)と見積もられている(和解金ではぜんぜん足りていない,つまりWarner/Chappellはなお,有効ではない著作権に基づく請求で儲けた状態のまま)

てな感じ?

なんかすごい.

ちなみにHappy Birhday to Youの著作権関連の話題については,Wikipediaの記載(ハッピーバースデートゥーユー – Wikipedia)でも十分に楽しめるかと.敗戦国の戦時加算とかも出てきます.

————

†1
「クラスアクション(Class Action)は、集団訴訟のうち、ある商品の被害者など共通の法的利害関係を有する地位(クラス)に属する者の一部が、クラスの他の構成員の事前の同意を得ることなく、そのクラス全体を代表して訴えを起こすことを許す訴訟形態である。原告は、自身以外のクラス全員の請求権の合計額を訴求できる。」(集団訴訟 – Wikipediaより引用)
†2
class actionなので訴訟自体に参加していなくてもそのクラスに合致していれば受け取ることができる.

循環する首に縄

ニュース.

  • 仏、大手スーパーに食品廃棄を禁止 寄付か転用義務付ける 写真1枚 国際ニュース:AFPBB News

    【5月22日 AFP】フランス議会は21日、大手スーパーマーケットに対し売れ残った食品の廃棄処分を事実上禁止する法案を全会一致で可決した。一法案をめぐって仏議会が一致団結することはまれ。

     新法の下では、大手スーパーは食品廃棄防止対策を義務付けられ、売れ残った食品のうちまだ食べられるものについては慈善団体に寄付するか、家畜の飼料や農業用の堆肥に転用しなければならない。また、大規模スーパーは全店が食品寄付を行っている慈善団体と契約を結ばなければならない。

例のごとく,フランスアゲ日本サゲの台詞が聞かれるが……

品質に起因すると疑われる事態が生じた際に,世間的・対マスコミ的・民事的・刑事的に免責されることが法的等に担保されるなら+ルートが確立されるなら(+多大なコストが生じないなら),別に日本だって好きこのんで捨てたい訳ではないだろ.

日本でドギーバッグが流行らない(店側からの)理由のひとつは,食べたら腹壊したとか捩じ込んでくる(そして振れ回り,そして責任追及の正義に酔う)タイプの言動に対して社会が脆弱だからだ.

皆で首に紐つけて引っ張り合ってるのに,紐からは手を離さず,隣の芝生を青いって言うのも,何だかなあ,とか思う.

まずはその紐から手を離せばいいのに.