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1995年05月07日からの日記

ResDevOps

読んだ記事3つ.

1つめの記事後半,まったくもってもっともな話で,そこを目指すのであれば研究所が研究してたって何の意味もなく,研究と開発と運用を連携/一体化させた,DevOpsならぬ,"ResDevOps"的境地に到達する必要がある.

がそれは,2つめにあるようDevOpsですら組織・企業文化の根幹を変える必要がある通常全く儘ならぬ話であり,況んや"ResDevOps"をや.

たぶん本業がITやICTや情報に近い既存企業であればあるほど無理ゲーであり,逆に3つめのように,ある程度距離があるような業種の方が,従来の研究所モデル的に上手くいく可能性が高いのかも.
(とか言うのは舐めすぎでトヨタはもっと大きな野望を秘めてるのだろうな)

空き地

NHK|ニッポン戦後サブカルチャー史Ⅱ —第6回『更新するストリート・カルチャー』

観た.

結局のところは「フロンティア(空き地)渇望論」になるのかな.

もちろん「隙間と思って入ってみたら何て広大な!」という話への憧れは半端無い.そして実際に95年に発見した(ここすっげえ広いじゃん!ということがそのとき分かった)空き地は,それはそれは素敵なところだったさ.

でも,よくよく考えてみると……

「新大陸」と呼ばれたフロンティアは,実は空き地なんかじゃなく,ネイティブアメリカン達の住処だった.

我々が90年代に見つけたと思ったあそこも,本当は空き地なんかじゃなく,いろんな「リアル」を気付かずに踏み潰していただけなのかもしれない.だから,なのか(しっぺ返し),あるいは単に色んな山程の人が入ってきて窮々になったからか分からないけど,そこには今,息苦しさが満ちている.

新しい隙間.

あるのかな.いや,あるにはあるだろう.

あんな素敵な宝物,人生で二度も見つけられるかよ,という煤けた思いを頑張って退かしながら.

Walk out to winter, swear I’ll be there
Chance is buried just below the blinding snow

(Aztec Camera – Walk Out To Winter)

(Free) riding on social trust

CityLab (from The Atlantic)の記事.「なぜ日本の子どもたちはこれほどまで自立してるのか?」って感じでしょうか.「なぜ」かは一番最初に分かるようようになってiいて(副題に書いてある),

In Japan, small children take the subway and run errands alone, no parent in sight. The reason why has more to do with social trust than self-reliance.

だそうです.

そう見えるのかー,という点で面白い.

動画に出てくる「はじめてのおつかい」はカメラクルーを画角にいれない昔のバージョンですね(参考:「20年前と今の『はじめてのおつかい』の変化 – 活字中毒R。」).この意味では日本も変化しているということなのだが(脇道).

欧米人がなぜ,と思って掘り下げてみたら自分達にはない掃除当番と給食当番に行き当たった,っていうのが日本人的には不思議にも思える.掃除当番はよくわかんないけど,給食当番は,自分が食べるものの処理を皆でやるというのは社会的信頼のひとつの究極なので,ちょっとは関係あるのかな?(その信頼を悪用されると「カレー事件」になる訳である)

...

(女子)中高生とかが相手に聞こえることを前提に「キモっ」とか言うのは,反撃される(殴られるとか刺されるとか撃たれるとか)リスクがないと分かっているからだ.なので,街中や電車でキモいとか言われたオッサンは,怒らず狼狽えず,安全な公共空間を作り・保っていることを誇りに思えばよいw (でも,そういうのを,それが当り前だと思って無駄に消費してると,もしそれが失われたら取り戻すのは果てしなく大変,というのを伝える別ルートはあった方がいいのかな,とも思うけど.)

その一方で,この記事でも名指しで書かれているが.この安全な公共空間/信頼関係と電車での痴漢問題が永遠に同居しているのは,いったいなぜなんだろう? 謎だ.信頼へのフリーライドなのか,それともひょっとして何かそこに不可分の構造があったりして.

...

なおリンク先記事は,この文章経由で知りました(さらに一つリンク遡ったけど).

一部抜粋訳があります.

a ray of hope

達郎さん繋がりで,もうひとつ以前から書きたかったことを.

山下達郎の「希望という名の光」という曲がある.2010年に映画『てぃだかんかん〜海とサンゴと小さな奇跡〜』の主題歌として発表され,その後2011年の東日本大震災を境に鎮魂と希望の歌という新しい意味付けが加えられるようになった.曲がアーティストの手を離れて一人歩きする良い例だが,山下達郎の場合は一人歩きの女王(笑)であるところの「クリスマス・イブ」があるので,それに較べれば大して方向は違わぬ歩みなのかもしれない.

3.11後にそう受け取ろうとする人々の心情はわかるが,個人的にはこれがどうもしっくりこない.歌詞を読んでも映画(「さんご畑」は一度行ってみたいんだけど興味を持ってから沖縄に行く機会がなく残念)を観ても,感じるのはそういった大きな物語ではない.これは一人の人間の孤高(とその後ろにいる人々の視線)を唄う歌だ.(「うただ」を変換したら「宇多田」になった.伏線w)

そう,この曲を聞くとき私の心に浮かぶのは,宇多田ヒカル.より正確には,雨宮まみさんが書いたこの文章に出てくる,宇多田ヒカルという人間の存在について.

ライブの中継を観ているとき、私はこのすさまじい才能が、たった27歳の、生きている人間の若い女の子にのっかっているのだということにふるえた。宇多田はこの才能を、自在に使いこなし遊びこなして楽しんでいるように見えるけど、こんな巨大な才能がたった一人の、何かあればケガもするような脆い「人間」の形の上にあるって、おそろしいことだ。普通に「電気代とかも知らない痛い大人になりたくない」って言っちゃうような、そういう女の子の上にある、そのことはもちろん宇多田ヒカルの表現する歌と不可分なことだけど、こんなにも大勢の人間の心を否応なくゆさぶる力を持つ才能が、永遠ではないこと、感情があり、生活があり、当たり前に続いていくものではないこと、それを考えると、かけがえのなさに今さら気づかされてたまらなかった。この一瞬にしかこの一瞬は存在しないっていう、当然のことを私はあのとき初めて強く意識した。この怪物のような才能は、怪物ではなく人間なんだと気づいて、恐怖と貴重さに慄然とした。

2010-12-25 – 雨宮まみの「弟よ!」

……本当ならここで上を受けて自分の言葉でパラフレーズするのが普通の文章の構成だけど,この雨宮さんの才能溢れた文章に相対して何かを書くことはとてもできない.あえて付け加えるならば,私の中でこの延長線上には岡崎京子がいる.

「希望という名の光」を聴くたびに私は,この雨宮さんの文章を思い出す.そして,宇多田ヒカル云々を超えて,あらゆるartifactsはどこかにいる(いた)人間がつくったものであることを,もしそこに才能やhard workを見いだすのであればそれは「『人間』の形の上」に存在することを,その人間は脆く・いつ失われても不思議ではない・ただの人間であることの貴重さを思い出し,恐怖する.

んなもん,なんかもっと頑丈なものに入れらんないのかよ,とか身勝手に思ったりもする訳だが(←ほんと酷い言い草),その「頑丈なもの」って何だろう?と考えてみると,ひょっとしたらそれは,社会やコミュニティや,あるいは個々の人間から人間へ手渡される「バトン」なのかもしれない.だとすると3.11の後,一人の人間という生物の脆さから"a ray of hope"を掬い上げてみたらそこに共同体の希望を見い出さざるを得なかった,というのは,ぐるっと回って正解なのかもしれないな,などと考えを改めてみたり,ね.

幸か不幸か,現代には,才能ではなくその果実を入れる「頑丈な容れ物」として「メディア」というものがある.それがどれくらい頑丈であるべきで,どれくらい自由であるべきか,というのは,また別のお話.

————

Facebookの「ノート」の新装開店記念に試しにノートで書いてみた話(ネタ自体はそれこそ5年前から頭にあった).その後ノートは使っていない……(笑)

雨は夜更け過ぎに 〜 1975年1月22日の東京の天気

気象庁は過去の気象データを公開している[気象庁|過去の気象データ検索].

気象台や測候所のデータは観測開始時からすべて見ることができる.例えば東京管区気象台(千代田区)のデータは1872年(明治5年)分から存在する.

という訳で(何がだかw)1975年1月24日から遡ること数日の天気を調べてみよう.

とりあえず1975年1月の天気[東京 1975年1月(日ごとの値)主な要素].

なんと22日が雨ではないか!

22日の状況を見てみよう[東京 1975年1月22日(1時間ごとの値)].

午前中から雨が降り出す.正午の気温が3.8℃.雨はだんだんと強くなり,気温も下がっていく.午後3時で2.5℃,6時で1.5℃.

1975年1月22日の東京は冷たい雨が降っていた.

その“雨は,夜更け過ぎに雪へと変わるだろう”かとも思われたが,実際には日付が変わる前には止んでしまったようだ.深夜0時には雲量が「0+」となり,翌23日は晴天.

試しに秩父河口湖のデータをみると22日は「大雪」となっている.ひょっとしたら福生あたりは雪まじりだったのかもしれない(ちなみに福生に近い八王子青梅に設置されているのはアメダスでありそのデータは1976年分からしか載っていない,残念).もちろん彼がその日福生に居たかどうかは知る由もないのだが.

でも,“変わるだろう” なんだから,実際には雪ではなく雨だった,ほうがリアリティがある気がするな.

ーーーー

てなことを「山下達郎40周年ツアー勝手に予習 DJ EVENT – circustown.net」の会場でスマホでポチポチと調べていて発見したとき,かなりの胸の高鳴りを覚えた.これもそれもそのほかも含めて素晴らしいイベントでした.行って良かったです.お誘いいただきありがとうございました>one of staffの人.

ここに書いた1975年1月22日の天気がどういう意味を持つかについては,私なんぞが書くのは僭越であり,より適切な人が,そのうち書いてくれるだろう.

ヒントはここら辺で.最初の2つだけで情報はすべて出揃っていますね.

ツアーが楽しみです.

Live Cafe Again

 
 
 
(2015.12.25 追記)
クリスマスイブの夜にこの日のことも触れられているたかはしさんの記事が公開されました.題して「すてきなメロディー」.今ツアーでの“再生”はとてもとても素敵でした.私は好きだなあ.幸運なことに2016も当選しました.また聴けるのかな.すてきなメロディーが流れて来ることを願って.

再ミックス

2015年08月05日(水)

2015年09月25日(金)

...

いい時代なのか何なのか.

Leadership in an ‘anonymous-centric web culture’ era(糸冬了)

何すかこのニュースは.

米国の巨大匿名掲示板「4chan」管理人のmoot氏がサイトオーナーの交代を発表しましたよ。新たに「4chan」の管理人になったのは、2ちゃんねる創設者の、ひろゆきです。
ひろゆき、英語圏巨大匿名掲示板4chan管理人になる。「ひろゆきのもと4chanで何が起こるのか早く見たくてしょうがない」と前管理人mootさん | ガジェット通信

"anonymous-centric web culture"かー.ひろゆき氏がもたらしたもののラベルはこれが正しいんだろうか?? 「匿名中心のWebの時代」(日本語訳:竹中直純 :-).

His creation of 2channel in 1999 sparked an era of anonymous-centric web culture in Japan …
FULL CIRCLE by moot – News – 4chan

「巨大掲示板」は確かに当時は巨大だったんだけど,今となっては巨大感はほとんどない訳で.それは検索エンジン のパワーが上がり見通しがきくようになったとか,対比されるtwitter/facebook等の巨大さが半端無いとか,いくつか理由があるにせよ,まあ世代は移り行くのだな,とか.

… and I can’t wait to see what lays in store under Hiroyuki’s experienced leadership.
(同上)

(コミュニティの)「リーダーシップ」の概念も,ひろゆき氏が新境地を開拓したと言えるが,今はもう更に次のコーナーを回っているような気がする.次のコーナーの先にあるのががどんなんだかとか誰がその象徴かとかは分からんが(無能).

とかTwitterやらFacebookやらに書いてたら,竹中さんから超的確なリプライが.

ああ,さすが竹中さん.
「匿名の集合体にシンボルとしてのひろゆきとかmootが必要、ってなんか前時代的」
まったくその通りだ.

で,そこはもう既に次のステージに進んでいるんですよね,たぶん.

そういったときに,華麗に身を移して「現役感」を纏い続けるのも,頑なさや古さを貫くのも,どちらが良いとか悪いとかではなく自ら選ぶしかない訳で‥‥ てな物言いの対象になること自体が一時代経過な訳で,感慨深い.

なんというか,やっぱし今ここはもう別のフェーズなんだ! というのが改めて腑に落ちた2015年9月,みたいな.:-)

P.S.
「そんなひろゆきもアラフォー」これはいいフレーズw

懐疑心の総量は増えている

3.11以降からそうだったが特に最近は,今まで賢いなとか理知的だなとか思っていた人もいざとなるとこうなってしまうのか!という驚きを何度も何度も味わうことになった.

これは,互いに,“どちらの側”も“相手側”に対してそう感じているので,日本社会全体としての不安感とか懐疑心の総量は単純に増している.ついでに言うと虚無的とか“複雑な私”とかを装って中立であろうする人の態度もバレバレであり,それらを更に増加させるに過ぎない.

個人的には,老い先もそう長くはない訳で,その状況は自分の中で解消されるに至らず,残りの人生すべてはこの不安や確信のなさとともに生きていくのか,と思うと,中々これは味わい深いことであるな,と.うん.

RID

6月のニュース.

全米黒人地位向上協会(NAACP)ワシントン州スポケーン市の女性支部長レイチェル・ドレザル氏(37)が、白人にもかかわらず長年黒人女性と偽っていたと、彼女の家族がメディアに暴露し、騒然となっている。

全米黒人地位向上協会の女性支部長、実は白人だった 2006年頃から黒人を騙る – The Huffington Post

なんか非難轟々の雰囲気だったけど,実は同一性障害だった,とかしたらどうすんだよ,WtBとか.と思って検索したら,Racial Identity Disorder, RID, って言葉,USでは在るにはあるけどネタ扱いなの? 英語もアメリカも難しい…

それから3ヶ月.ふと思って見てみたらやっぱりracial identityについての議論になってた.さもありなん.

Rachel Dolezal – Racial identity – Wikipedia, the free encyclopedia

謎なのは"racial identity disorder"とかで検索すると茶化すような文が普通に出てくること.いまどきgender identity disorderを「wannabe」呼ばわりしたら大変なことになりそうだけど,raceでは平気でやってる.なの?

やっぱ米国よく分からんっす.

渋谷公会堂ファイナル

赤西仁のコンサートの話から,ふと,渋谷公会堂を最後に使うのは誰なんだろう? と思って調べてみたら,沢田研二だった

そういえば一昔くらい前,70年代前半くらいに活躍したミュージシャン達のコンサートが中高年ファン達で熱い!みたいな話がよくテレビで取り上げられていて,その中に沢田研二さんもいた.あとはチューリップとか?

思えばそういった話を,ちょっと冷ややかな感じで見ていたのは確かだ.

しかしながら,次は自らが同じ状況に襲われることになる.

自分にとっての嚆矢は2008年からの山下達郎だったんだろうか? そして今年のREBECCAは本当に強烈だった.80年代中後半がやってくる.

90年代も,そして洋楽方面も安泰とはしていられない.再来月はRIDEにジザメリ.

自分の経験からすれば,たとえ冷ややかな目で見られても致し方ない.

まあ,ディッキ高校生大学生達に揉まれつつ某平均年齢20歳バンドを観たりして,心の安静を保つことにしよう.