話をしていて「同報」という言葉が出てきたときは危険信号だ.”Cc”だったら,まだ危険性は低い.経験則の一つ.
情報通信技術の発達により,messagingのコストは低下する.なので情報を共有しましょう,などと言う人がいる.E-mailもあるし,グループウェアもあるし,などと…
例えば,仮に,私が,ある事柄について,自分の直属上司(A)とその上司(B)とそのまた上司(C)と,更にCが抱えるスタッフ部門の数名(DとE)に電子メールを送ることになったとしよう.しかしよく考えてみると,これは,その行為自体が間違っているか,あるいは,そのモジュール(レイヤ)構造が間違っているかのどちらかだ.
Message passingのコストとモジュール構造の設計との間には関係があって然るべき.Message passingのコストが変ったのであれば,モジュールやレイヤの設計も検討し直すべきだろう.上のような行為が常日頃から横行する組織は,一見風通しの良いように見えて,実はmessagingのコストの変化に対応できていない,死にかかった組織である(可能性が高い).当然そこで行なわれていることは,無理があるか,無駄に終るか,である.
そこで再度経験則.なぜか,「同報しといて」「同報します」とかいう言葉が飛び交っているプロジェクトやWGは危険が危ない.あくまでも経験則なので,根拠も無ければ,『同報』という妙な日本語に慣れ親しんでいる実在する個人や団体とは一切関係ありません.:-)
2006年01月の記事一覧
Ccと同報
2006/01/24 (火) @ 02:05
patronage
2006/01/23 (月) @ 23:51
逮捕されたねぇ.死人が一人出てから逮捕劇,というのは様式美なのだろうか.R.I.P.
微妙に昨日と一昨日の続きで,東京地検特捜部(と馬鹿).
小飼氏のblogエントリより.
その結果言えるのは、彼らもまた一公務員であり、「世論」の強い影響を免れない、ということだ。極論してしまえば、世論が検察を動かすのだ、とも言える。
地検特捜部も常に誰かを納得させることを要求されているのだろう.どんな人や組織も活動のためにはリソース(budget)や世の中の支援が必要であり,そのためにはそれが要求される.そして,話をすべき相手がエリートとエスタブリッシュメントだけだった古き良き時代を懐かしみ,嘆息しているのかもしれない.
陰謀論や陰謀史観は楽しい,考えているとウキウキする… などと言ってると,どこぞのスクツに集う厨房扱いされるのがせいぜいだ.
だが,個人や組織が大きな仕事を成し遂げようとする場合,なにがしかのpatronageは必ず必要となる.物質的なものにせよ,精神的なものにせよ.implicitなものにせよ,explicitなものにせよ.
そのpatronが誰でありどういうスキームが形成されているのか,それを我が身に照らしながら,つらつらと考えるのは,そう悪いことでもない.
最後にMyブクマ代わりの関連エントリ(by 梅田望夫)をもう一つ挙げて,締め.
http://blog.japan.cnet.com/umeda/archives/000247.html
気治国家
2006/01/22 (日) @ 23:54
逮捕すらされていないのに「堀江」呼ばわりかよ.田原総一朗もロクでも無いもんだ.71年も生きててそれかよ,みたいな.
こんな品性下劣な内容を発信する企業なんか,どこぞのIT企業に買収されてしまえ! つーか.(あれ?)
オウム事件<em>捜査</em>以降の日本はどこか完全にオカシイが,この,暗黒面に落ちた部分と喰うためには致し方ないなという部分とのモザイクさ加減は,かなりタチが悪い.
参考文献にもう一度目を通すなぞして,暗澹たる未来を慮る.
年頭の所感(嘘)
2006/01/21 (土) @ 05:58
情報通信技術の発達は社会を狭くする.その結果,昔は,9割の頭がいい人と1割の馬鹿と付き合っていれば良かったが,今は,9割の馬鹿と1割の頭がいい人を相手にせざるを得ない方向にまっしぐら,である.しかもその馬鹿はコミュニケーションコストの低下につれ2乗で増加する.という訳で,成功するためには馬鹿語重要.でもそれは諸刃の剣.
—
と,10年前ならこれで終りで良かったのだが,今は馬鹿が増えているらしいのでここで終ってはいけない.
「頭がいい」とは,頭脳明晰なことではない.
「馬鹿」とは,頭がわるいことではない.
「頭がいい人」は,自分の頭で考える人.
「馬鹿」は,自分の頭の範囲でのみ考える人.
今,世の中でうまく回していけてる人は,馬鹿とのコミュニケーションのスキルをどこかで習得した人だ.でもあまりそれに長けていても,不意に(少数派の)頭がいい人が目の前に現れ,終ったりする.恥ずかしげもなくbilingualであることこそが肝心.
大切なのは,志と愛.それでいいのだ.
—
ということが養老孟司の本(←読んでない)には書いてあるんじゃないかと,勝手に想像するテスト.