2002年の記事一覧

鳥取(1日目)

鳥取! 山陰地方、行くの初めてかも。

恒例により、羽田に着いたら肉の万世のサンドイッチと水を買って食べる。今日は「"フライド"ハンバーグサンド」。何で恒例なのか良く分からんが、最初に偶々買ったとき、納入し立てでアツアツで美味しかったからかなぁ。それ以来、置いてある箱に触ってみて温かいときのみは恒例となっているのであった。今日もまだ温かかったので、ご購入。

恒例といえば、今日もゲートは3x番でバス出発。最近、ほぼ必ずバス出発のような気がする。何かに憑かれてのかもしれない。ひーん。

更に恒例といえば、羽田の『渋滞』。そりゃさ、「出発時刻は定刻通り」かもしれない。でも結果として到着時刻が25分以上遅れているという事実はどうよ(あ、いかん、口調が…)。

えーと、実際の出発時刻や到着時刻って、航空会社や空港のWeb (フライトインフォメーション欄)で取れるんだっけか? 取れるんだったら、毎日それを持ってきて集計して、データとして公表すればいい訳ね。国土交通省なんぞアテにせずとも、仕込自体は半日もあればサクサクっと出来る。それが"before the Internet"と"after the Internet"の違いであり、Webサービスの輝ける未来なのだ!!!(後半大嘘)。

何故かこの日は素晴らしく天気が良く、席も窓側主翼より前、だったので、景色が最高。港南→厚木→宮ヶ瀬→山中湖→富士山→富士川→南アルプス→飯田→恵那、といった辺りが完璧に見えて気持良かった。恵那から先は雲ってたので、あとは寝る。

ということで結局開始には全然間に合わずに到着。会場は鳥取環境大学。ぐぉー、こりゃまたすごいとこだな。こーゆーとこ(例: 高知工科大学公立はこだて未来大学)に来るたび、こーゆーとこで過ごす人生とは如何かと思いを馳せたり馳せなかったり… 翌日、大学のスタッフの方によるキャンパス・ツアーがあったのだけど、あのガラス張りの学生研究室みたいなスペース、いわゆる巷の図書館(メディアセンタ)にあるようなものよりは、ちょっとイイかも。でも学生が増えて混雑してくると息苦しいかな? でも、結局は、「箱」ではなくて運用次第だということは、よぉぉぉぉく知ってるけど(セコいなぁ :-)。

宿泊は旅の窓口経由で「鳥取グリーンホテル モーリス」。「旅窓BOX」での評判もそれなりに良し。このホテルは客室内からのインターネット接続サービスが無料であり、単にそれが理由だけで「旅窓」の評判が良かったり、という可能性も予想されない訳では無かったけど、行ってみれば確かに、人手を使わずに如何に利便性を提供するかが考えられていて、結構快適でありました。

つーわけで、明日発表。更に更に恒例のpptならぬ今回からはsxi作りで、夜は更ける(;_;)。


P.S.

ところで、以前の日経ビジネスの記事(1)を読んで以来、心情的には(2)、「旅窓」よりベストリザーブを使ってあげたいのだが、一度も希望に合致した宿泊先が見つかったことがなく、まだ使ったことがないのだ。私ゃ、対象ターゲットからズレてるらしい。今回初めてベストリザーブにもこのホテルが載ってたのだが、つい今ままでの勢いで「旅窓」から予約してしまった。うーむ、すまぬ(謝ってどうする :-)。

  1. リンク先には記事自体は無し。ネット上の記事には類似する内容のものが余りない。こんなのもあるがチト違うか
  2. まぁ該当記事は当事者の片方からの意見でしかないので、真相は謎だが

ディスプレイ

(特に名を秘すが)やはり2流メーカーの製品は2流品でしか有り得ないのか? ディスプレイにあんなファン入れて誰が使ってられっと思うんじゃ! > xxxxxx

ムカついたのでxxが済み次第、とっととバラす。外から見える通り、ファンが3つ(SUNON社製、KD1205PFB3)。試しに電源を外して起動してみると、ファン動作確認用のパルスか何かを拾ってるようで、警告メッセージを出して立ち上がらない。

考えるのも面倒くさいので、1KΩ(が〜ん、"Ω"ってHTMLでは定義されてないんだ、のでやり直し) 1KΩの可変抵抗を挟む。ぎりぎり回転し出すあたりまで電圧を下げてもまだウルサイんだけど、しょうがないので、これで使うことにする。

回り出しさえクリアすればもっと電圧(回転数)下げられるとか、DC/DCコンバータとか、PWMとか、そーゆーことは知らないことにしよう。理学部だし(脈絡不明)。

浮気した私が悪いのは認めますので、はやく何とかさせてくださいますよう、新製品をお願いします。> nanaoさま…

P.S.
ディスプレイといえば、DVIの規格も、何であんなに中途半端なの? 謎な世界だ。

driving japan

行ってきたよ、3日間とも。"PAUL McCATNEY IN CONCERT driving japan".

「行かずに後悔するより、行って後悔」(© 絢ちゃん)が真であることは同意するけど、本来私は、そのツアー全公演行かないと気が済まない、というタイプではない。にもかかわらず今回のPaulの東京公演全部に行こうと思ったのは、「もはや、与えられた機会は最大限活かさなければならないのだ」ということを、強く感じたからだ。平たく言えば、そう、「これで最後かもしれない」と思ったからだ。

「これで最後」というのは、単にPaulのコンサート・ツアーがこれで打ち止め、という意味だけではない。Paulがいつまで生きているか分からない、という意味もあるが、何より、自分がもう、いつまで生きているか分からない、ということなんだ。

図らずも、11日のコンサートは40になって最初のライブだった。20代最後のライブの直前まで思っていた『いつまで生きているか分からない』と、いま頭にある『いつまで生きているか分からない』とは明らかに違う。10年とは、そんな期間だ。


とまぁ、そんな話はどうでも良い。

とにかくすごい、素晴らしい!

♪You say yes, のたったワンフレーズで、もう、副鼻腔がツンときてしまう。Hello Goodbye. いきなり、ノーイントロ曲で始めるのは反則だ!

Driving Rain, いい曲だなぁ。3回聴いたら、大好きになった。:-)

You Never Give Me Your MoneyCarry That Weight, こんなアレンジで演るなんて… 素晴らしすぎる。(何やら歌詞を変えて歌ってたようだったけど、聞き取れなかった…) ベスト3.

Band On The Run. 充分わかっていても名曲だ。スクリーンのU.S.ツアー映像も泣ける。いや、U.S.ツアーに行った訳じゃないけどさ。当時、俺はどうやって "Wings Over America" のレコード買ったんだ? 幾らだったんだろう? いったい何度、どうやって聴いたかも分からない曲だけど、やっぱ、ベスト2.

Maybe I’m Amazed, 頼むからそんなキーで唄わんでくれ。:-)

She’s Leaving Home, (泣)(泣)(泣) "back in the u.s." 買ってもこれは入ってないんだよなぁ。どうしてくれよう…

Live And Let Die, これも、分かってもいても…

Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band (Reprise)The End, こういう締め方をしてくるとは! ビートルズ2大締めソング(何だそりゃ)・メドレー。Sgt. Pepper’sからThe Endへの繋ぎが、とてつもなくカッコイイ。文句なく、ベスト1.


いやもう… 3日間で何度涙腺が耐えきれなくなったかは内緒です。:-)

それにしても、去年書いた曲から40年前に書いた曲まで… 万遍なく、違和感なく、どれもが素晴らしいなんて。誰か今回のset listの作曲年の分布図作ってないかな。今度作るか。

Wingsリアルタイム世代(当然武道館のチケットは持っていた。いや、私は払い戻ししたけどさ :-)、特に初めて買った新品のアルバムが "VENUS AND MARS" な私としては、あと、Listen To What The Man Said (邦題: あの娘におせっかい :-) が聴ければ、もうどうなっても、という気持はあるけど… それはそのままで、きっと良いのだ。あの場にいた延べ十何万人が、それぞれ「あと、あれも聴きたかった」という思いを持ち、その曲が全部で一体何種類(何曲)あるか見当もつかないのが、Paulの凄さでもあるのだから。

Sgt. Pepper’s … (Reprise)The End を聴いて一人勝手に確信してしまったが、Paulがずっとやりたかったことは、これだったんだね。いわゆる『ロック・シンフォニー』的なものと、『ロック・バンド』の両立。そして今回のバンドは紛れもなく『ロック・バンド』であり、それこそがこの素晴らしさの所以なのだと。


もはや何言ってるか自分でも分からなくなりつつあるが、とにかく、今回、チケットを譲ってくれたtaro-chan, ほんとに感謝してます。どうもありがとう!

で、14日、別れ際にtaro-chanと握手しながら言ったように、10年後(3年後でもいいけど)、また一緒に観に行こうね。Tour ProgramのPaulの言葉を信じて。

see you next time

不吉、なことは何もない

今日、道を歩いていたとき、ふと電信柱の下を見るとカラスの死骸が横たわっていた。確かに生まれて初めて見たかも。

「カラスの死骸は不吉の知らせ」という言い伝えは聞いたことがないが、なんかそんな気もしてくる。黒いし(謎)。

などと思いつつ、東京ドーム着。今日はtaro-chanが先にいた。で、座ってみたら、完全にレフトポールでポールが死角、などと言ってる場合ではない。これは悲しい… このことだったのか!

しかし、いくらなんでもこれは、ということでtaro-chanが係員に「見えねえぞ、ゴルァ!」と言いに行ったら、文句を言うまでもなく、あっさりと別席に移してくれるらしいとのこと。その後はShimizu Sportsにより完璧に設定された手順に従い、数度のforwardを経て、1階スタンド・バックネット裏に辿り着く(バックネット裏はシートに毛が生えてるとは知らなかった)。マニュアル化された、それは見事な手順。バックネットが邪魔ではあるが、最後だし、今日は、まったりと座って観る。

(ツアーの感想は別途まとめて)

帰りに同じ道を歩いたら、カラスの死骸はそのままそこにあった。矢追純一、敗れたり! (←かなり違う)

改めて見てみたら、死骸の横に小さな花が沿えてあった。やさしい人が居るだあね。

iPodでもう一度 Sgt. Pepper’s … (Reprise) を聴きながら、家へと帰る。

あー、大阪行きてぇ。

K.J.

しかし何だ、この恐ろしいまでの総思考停止状態。ひでーもんだ。判断不能な状況に陥った場合でも、「非道い」「悲しい」「可哀想」といった感情ならば考えなしに出される(ことを許される)ので、こんなことになるのか?

拉致された人の家族は、どんな暴言を首相や政府に投げつけても良いだろう。たとえそれが道理に外れたことであっても、黙って堪えるのが統治者の徳というものだ。

質が悪いのはその尻馬に乗る連中。

マスコミは言わずもがなだ。最早言わずもがななので書かない。それに、みんな、もう、気づいているだろう。彼らにとっては9.11も『ガチンコ!』も等価だったことを充分見せてもらったし…

政治家連中もかなり見苦しい。過去の政権党という意味では共産党以外全滅(特に社民党社会党方面は2重3重の意味で罪が重い)、何言ってんだか、の世界だ。

小村寿太郎もこんなんだったんだろーか。

100年経っても大して変わっていないよーな気がするが。まあ、煽り屋が帝大博士からメディアタレントに替わるなど、権威の解体と民主化が進んだことは確かだ(笑)。およそ100年後の今回は、誰がこれを利用し、目的を達成するのだろうか?


P.S.

統治者の徳。上にそう書いたが、やっぱり、浮いて見える。

近頃は、たとえば日本とアメリカの比較であるとか、田中長野県知事的視点であるとかから、本来の統治者は国民であり、政府とはtaxpayerに対するサービス業たるべきであり、従って今のほげほげはけしからん云々、などという枠組で物事を考えるようになっていた。その枠組では、「黙って堪える」ことは徳などではなく、為政者の務めなのであろう。ところが突然そうした枠組からとっ外れた体制と対面すると、ひょっとしてそんな枠組を前提とし得る自分は幸せなの? などと考え… ふと我に返ると、"100人村で考えるとああ私って幸せなのね"状態の自分を発見し、愕然とする。

P.P.S.

それにしても朝日新聞、事ここに至り、すげー原稿を載せてるな(20日夕刊文化面・神谷不二慶應大名誉教授筆)。うかつに一部のみ引用すると、とんでもないことになりそうな文章だ。朝日も『国民新聞社』にはなりたくないとか(笑)。ま、朝日の「愛国主義」は戦後一貫してるみたいなんだけどね。

P.P.P.S.

敢えて固有名詞を排してみた。ここ数日、いろんなところでいろんなひとが、今までのような気兼なしに、全開で、■■■って書いてるんだろうなぁ。不思議なものだ。西原理恵子をして「ホンマにやべえ」と言わしめた3文字なのに :-)。そーいや、漫画といえば、『GO! GO! …』は、どこ行ったんだ? (こっちこそ、ホンマにやべえ? :-)

秀逸

その1

やられた! あまりに秀逸。「スンドメール」。

この手のギャグは大抵言われ尽くしてるんだけど、Sendmailを知って15年(くらい?)、これは初めて聞いたかも(暦本さんとか、蛯原さんとか、いかにも言いそうなんだけどな)。でも、忘れてるだけかもしんない。

やや真面目に考えると頭に浮かぶのは、

  • MS-Windowsで動くtinyなsmtpサーバがあったら便利だなぁ、というシチュエーションは過去に何度かあったのだけど、こいつは上流固定でMX引かないのかな? やっぱし。
  • 人が「ふと我に返る」までに要する時間(当然、対象や状況・文脈に依存する)を計測し、定量化し、推測する、というのは真面目にやると面白いネタかも。
  • 当然、年寄はこんな話を聞くとUUCPの昔を思い出すのであり、とすると実は、UUCPの方が人にとって自然で有用なモデルや実現であり、現状の方が本当は間違っているのだ! と思わなくもない今日この頃、みなさん、お元気ですか?

など…

その2

taro-chanから嬉しいメールが来た、んじゃなくて、来ていたのに昨日気づいた。あわてて返事を書いたら無事に返事が来た。

嬉しかったので、ふと、"ABBEY ROAD"なぞを引っ張り出して、聴く。

思わず涙ぐんでしまった、などと書きたくなる流れだが、実際には涙ぐみはしなかった(笑)。でも、やっぱ、すげえや。

その3

9月12日3時12分。一旦googleに捕捉されていたものhitしなくなったことに気づく。

う〜む、Googleってそんなこともあるのか。知らなかった。理解不能。それとも、下手にGoogle様の仕組みに言及したため、不敬罪により消されたか? :-)

結局いまだにhitしないまま。謎は深まる…

Low technology, High concept

という訳で、"September 11" である。

1年前に "September 11" について何も書かなかった理由は、昨年末の日記に書いた通りだ。そこ書かれた気持は、今も、全くと言って良い程変わっていない。

ともあれ、あれから1年、いまだにあのときの映像を見るたびに頭の中に甦る、いや、ずっと胸のどこかに引っ掛かり続けている言葉が、表題の、

Low technology, High concept

という言葉だ。

誰が最初に言い、私はどこで最初にこの言葉を耳にした(目にした)のか全く覚えていないのだが、おそらくは、CNNかABCあたりで誰かが言っていたのだろう。今回のテロの特性を良く表した言葉だということになっている。

私は常々、

good concepts, simple technologies

を追求することこそが研究の美学だと考えていた。そして、

low-technology, "high-concept"

は唾棄すべき道だと。(ここでの high-concept とは、いわゆる引用符付きの、ハリウッド用語(?)の、逆説的な意味での、high-concept だ。)

もし今回のテロが「ローテク・ハイコンセプト」であるというならば、それが実際にもたらしたこの効果の絶大さは何なのだ? 敢えて言ってしまおう、この『美しさ』はいったい何だというのだ? 所詮我々はハイコンセプトに誤魔化されてしまう程度の代物なのか?

それが受け入れられない私は、今回の行為が実はローテク・ハイコンセプトではないことを示してみようと考えた。

曰く、ジェット旅客機やWTCビルこそハイテクの塊だ。曰く、単なる一兵卒とは異なり自爆攻撃を遂行できる兵は実は極めて大きなリソース(の消費)だ。曰く、実はアメリカが予想外にナイーブで打たれ弱かっただけだ。曰く、我々は事件の結果にではなくアメリカのナイーブさに驚いたのだ。曰く、単にビジュアルに負けただけだ。曰く、ビルが倒壊までしたのは単なるまぐれだ。

どれももっともらしいようで、もっともらしくなく、決定打に欠ける。結論は出ず、そしてハイコンセプトに昂揚する自分。

それを認めるのは悲しい。

一旦認めてしまうとただひたすら安易な道に落ちていってしまいそうな自分。それが悲しくもあり、恐怖でもある。

結果として、自分の中で戦うべきものが、何かひとつ、metaなレベルで増えたのではないかと思う、この1年である。


うーん、駄目だ。全然まとまらん。でも日付モノなので、無理矢理まとめる。

最後に蛇足ではあるが、NEWS23、視るに耐えん。とっとと終われ。

過去の栄光・若気の過ち

現在、2002年9月10日0時50分。6日の日記のタイトルにしたフレーズがgoogleに捕捉されたことを発見。げー、すげー。7ヶ月も放置してあったページの更新が、なんでこんな即座に見つかるんだ…

そりゃ、まぁ、多少の過去の栄光も無い訳ではなく、PageRankも人並みにはある(ツールバーで’g'と’e'の間くらい、って書いて意味あんのか?)ページなのは確かだけど。

でも引っ掛かるのはインデックス・ページの方だけで、当日分のページはまだ(?)見つかってないようだ。まあ、日記の各ページのPageRankは’P'未満だからそんなもの? というか、そういうことも考慮した探索アルゴリズムなのか。(単なるbreadth-firstの産物かもしれないが。)

ちなみにこれ、gooにはまだ見つかっていないんだ。さらにちなみに、こないだのgooglewhackgoowhackでもありました

これは今後も目が離せないな(なんのこっちゃ)。


さて、『個人ホームページのカリスマ — 月間5億ヒットの秘密 (金田善裕著)』なぞをパラパラとめくってみる… と、そこには驚愕の新事実が!!!

って、そこで初めて知っただけなんだけど、ばうわう深瀬(呼び捨てかよ :-)って、俺より年上だったのか。てっきりそこらのくそガキ (-_-; かと… その年であんなことやらこんなことやらしてたのか。

あんなことやこんなことがどんなことかというのは最早記憶の霧の彼方で何をreferしたら良いかすら分からないけど、とりあえず、これとか? (自分のページのあんなことの記述は全く意味不明。良くないページの典型か)

上の本の中では「当時のこと」にも触れられてたりするが、確かにdog yearで遠い目にはなるけれども、いやぁ、そんなこともありました、若気の過ちで、わははは、というほど遠い昔ではないというか、非連続ではないとも思うが…


しかし、たしかに、今がこうなってみると、過去が全て残ってるのはツライ部分もある。のりくん(って先生に失礼だぞ!>自分)も制限かけちゃったし。私もRimnetの会員である意味は他にはほとんど無くなっているので…

ま、この(distributed) archivingがいつか何かを生むというのは信仰に近いので致し方あるまい。

とはいえそれがgoogleに支配されているという構造にはイマイチ納得がいかん今日この頃でもある。うむ。

(この項続く、のか?)

確信と希望

ひねくれた態度をとっていても意味はない。素直に認めます。これは良い言葉だ。

でもなにが起こるか分からない世界なら、全ての確信は希望であり、また希望こそが最大の確信でもあると思うのです。
宇多田ヒカル / Message from Hikki / [大事なお知らせ]より引用

うん、良い言葉だ。ヤラレタな。やっぱ、もう、21世紀なんだ。


たまってた新聞を眺めたり…

田中康夫長野県知事、良かったですね。

これから大変というか、どうにもならないのは、旧来のモデルのなかで旧来の知識・能力に依り生きてきた人々なのでしょう。これは別に県議町村長土建屋という意味だけではなく、たとえば朝日新聞9月2日付第2社会面にコメントを寄せている早坂茂三のような人々、という意味も含めてです。まぁ、「(談)」記事とかインタビュー原稿とかを信用してはいけない、というのも私が過去数年で学んできたことなので、書いてあることの酷さをあげつらうつもりは無いのだけれど。

でも、たぶん、実際、大変というか、すでにどうしようもない状態なんだと思う。

私は現在、(ある意味では)ここ数年『特異な状態』にある某市区町村在住なので、そこで見聞きする旧来型土着系保守勢力の疲弊度というか、その結果としてのレベルの低さには、もう呆れ返る限りなのだ。やっぱあいつらは隠居するか死ぬしかないのか(ひでえこと言ってるな :-)。

それにしても、鍋とアイロン。他人事だから故、余計気になる、みたいな(笑)。

で、田中氏に戻ると、復活なった知事ページのここら辺とか見直すと、ちゃんとやることはやってるんだね。

私が見聞きした(数少ない)話からすると、ビジョンのためのビジョンやら組織の改編やらは99%何の役にも立たないけど、金の付け換えはナンダカンダいって施策として有効なのだよね。まあ、だからこそ、今からならまだ14年度予算も引っくり返せる(来年の改選後では間に合わない)と思ったが故に、彼らも不信任決議に及んだのだろうけど。

是非とも頑張ってください(誰に?何を? :-)。私は「憂国呆談」が読めればそれでいいや(をいをい)。そういえば単行本はどうなったんだ? あ、やっぱでも、「真っ当な料理店」シリーズも読みたいなぁ。そういえば、裏道紹介コラムとか好きだったよなぁ。何だっけ、あれ。既に完全に忘却の彼方…

上の『私が見聞きした(数少ない)話』ってどこの組織のことだとか、そーゆー部分には余り気をとめないように。いや、最近、変なガイドラインとか多くて… (←全く真面に取り合おうとしてないヤツ :-)

という訳で、今更すねた態度をとっていても意味はないんだ。確信と希望を手に21世紀を生きよう。うん。

共起の沙汰

という訳で本題。

昨日、部屋に戻ってくるとき、ついでに佐藤くんに聞いたんだけど、やっぱ、(参照)共起してる場所の距離を有効に表現でき、かつ、現実的に計算可能な尺度っていうのは、難しいのかなぁ。

これは単に、キーワードをandで喰わせた時すんげえ離れた所でマッチしたページが当たるのがウザイ(を、Googlewhackだ)問題に対応するためだけではなく、いわゆるひとつの、木實さんpp-mlで言ってた『Tommy february6の"everyday at the bus stop"の00分30秒-00分50秒あたりってNew Orderの某曲に似てますよね。…、曲名が思い出せないので…』ってサーチしても簡単には分からないですよね問題は、誰かかどこかで『"bizarre love triangle"にクリソツー、でもそれってfrente!カバーでしょ?』って書いていれば発見出来るんじゃん?手法に繋がるのではないか、という思いがずっとあるのだけど(お前はこのネタ1年も温めていたんか :-)、何とかなんないもんかね。

Googleもそこら辺、イマ3だよな。イマ3とはいえ、Googleツールバーなしでは最早生きていけない体になりつつあるし、最近は、Googleを以て常識と為す、感がますます増加してるし。

ということで、Googleで驚いた私の常識/非常識:

  • MONGOL800、いいよな。好きなんだよな、かなり(これはホント)。別にNed’sに似てるから好きなんじゃないよ。え? 似てない? 似てるよ、ほら。あれ? ほら。あれ? ほら。あれ? ほら。あれ? ほら。あれ? ほら。う〜ん…
  • こら、そこの箱。"不焼"って何だ、"不焼"って。そんなヤツぁ、この世には…、う、1人ずついるな…

うう、リンク張り、疲れた。ちょっと遊び過ぎ…

つーことで更に話は飛躍するが、Google、というか、検索エンジンだ。検索エンジンは基本的にはtext searchをするものだ。しかしtext searchは破綻するものではなかったのか? scaleしないものである筈ではなかったのか? Hypertextが世界を征する筈だったのに、なぜtext searchが人類を支配しているのだ? (.*DBは何も制覇してないけどね、へへ :-b)

とはいえ、そもそもPageRank有効性(実のところは解らないけど)が一例を示しているように、Hyperlinkこそが現在のtext searchの有用性の鍵であるようにも見える。軒先貸して母屋を取られる? そんな単純な話ではないよな。もうちょっと考えよ、っと。

ということで話を戻すと、単語の共起なのか参照の共起なのかという問題も深そうで、結局よーわからん、となって現在に至る、みたいな。

さて、「表題」も2002年9月6日の時点では存在しないけど、果たして…