2002/12/30 (月)
強く印象に残ったこと2つは書いたので、もう心残りはないぞっと。なので、あとは箇条書き。
- 前に行ったのは’94アメリカ大会,Stanford Stadiumで観たRussia vs. Cameroonだったのか。八田さんからチケット譲って貰って。あれから8年…
- 埼スタは良いスタジアムだね。それでもSUWONには、まったく敵わない。
- そんなSUWONで、あのスペ・アイが観られたなんて… (;o;)
- せっかくSUWONに行ったのに、ワールドカップカルビしか行けず、しかも、あんまし旨くなかった。まぁ、碧蹄カルビが無闇矢鱈と旨かったからイイけど… (そもそも値段が違うが)
- そういえば、かえるくん、今頃どうしているんだろう…
- 「良い」スタジアムは、埼玉・神戸・韓国という、いわゆる後先考えない所にしか作られなかったのは、やっぱ、そういう定めのものなのだろうか? (神戸のは合理的なのかもしんないけど)
- それにしても宮城… 負のオーラに満ちた時空って、ほんとにあるんだね。あれは、邪気に満ちていたとしか言いようがない。
- しかし日本側、日本が決T行くと本心では思っていなかったんだろうなぁ。想定してたら、験のいい新潟とかカシマとか静岡とか、いくらでも考え様があったと思うのだけれども。
- てな訳で、結局、日本の『勝利』は観ていないのだった。しくしく。
- 日本の運営サイドって、いかにスムーズに人間を最寄り駅とスタジアムの間移動させるかしか考えていないんだよね。こう言っては大変申し訳ないが、ボランティアの人々も、その先棒を担がされていた部分が大きい。
- 万が一もう一度ワールドカップが日本で開催されるとして、そのとき、日本にも異なる価値観が存在しているだろうか?
- そしてその日は来るのだろうか?
2002/12/29 (日)
今年も終わろうとしているのに、いまだにトルシエ・バッシングに勤しむ皆さま、お元気でしょうか? って、実際には、ぜんぜん観ても読んでもいないので実態は知らないんだけど。
トルシエが好きか嫌いか何てことはどーでもいいし、そのサッカーが、その采配(って似合わない言葉)が、なんてのも、価値観や評価軸の違い以外のものを見たためしが無いので、さらにどーでもよい。評論家・コメンテイター・作家・ライターが馬鹿で商売第一なのはトルシエの存在とは独立事象なので、それもこの際どーでもよい。でも一つだけ大切なのは、トルシエの言っていたことを全部聞けば[読めば]、その一貫性であるとか(ある種の)論理性は極めて明らかなものだった、ということだ。あれを読んでいれば、いわゆる「誹謗中傷」の大部分は説得力的に負け、だったことが良く分かる。
今年のワールドカップへの過程で極めて印象的かつ貴重だったのは、トルシエや選手へのインタビューのほぼ全文がWeb上で読めたことだ。残念ながらイサイズ・スポーツにあった記録は最早残骸すら残っていないが、スポナビではまだトルシエ会見アーカイブが読めるし、選手のコメントも僅かながら残っている。
これを読んでしまったら、テレビで20秒程度引用される会見模様や、新聞に抜粋される会見文が如何にデタラメで恣意的なものが良く分かる。そのことには以前から薄々気付いてはいたが、これ程までに酷いものだったとは。
ついでに言うと、ロシア戦の後だったか、ミックス・ゾーンでのインタビューの様子をテレビで長々と流していたが(初めて見た)、いつもあんな馬鹿なインタビュア共にあんな馬鹿な質問されてんのかと思うと、不憫で不憫で…
今回起きたのは、その「原材料」と「完成商品」が同じテーブルの上に並べられることによって、マスコミは何をしているのかが白日の下に晒された、ということだった。
実はこれはワールドカップ・インタビューに限ったことではなく、最近は日々、同様の晒し刑が行われている。新聞各紙のWebサイトを見ていれば、その記事の多くが通信社の配信記事を単に張り付けているだけだということが分かるし、その他の記事も、企業・公的機関のプレスリリースとその際の口頭説明(質疑内容)を単に切り張りしただけだということが読み取れる。また長野でK嬢がやっていることも、県庁・県議会から直接出される情報とTV・新聞等の報道の「差異」を懇切丁寧に解説する、という手法で同様のことを行っているのだろう。
今回のワールドカップ報道では、『韓国・誤審』関連等で、マスコミの欺瞞性あるいは大衆との解離が明らかに云々… という話がネット上で話題になったが、個人的にはこの、「原材料」丸出し、の方がインパクトのある出来事だったと感じている。PC Watchが生まれて6年、ついに新聞にトドメをさした後の世界について考える日が近づいてきたかと思うと、感慨深いかも。
とはいえ… やはり大きな問題は、イサイズ・スポーツのインタビュー記事はもう読めない、というこの事実だ。この点は解決すべき課題である。
しかし、イサイズ・スポーツの旧コンテンツは一体どうするつもりなんだろう? 今後あれで商売する気が無いのであれば、抱え込んでないで、どこかに放出すればいいのに。(いや、実は、私のところには、たまたまほぼ全データがキャッシュに残っちゃっているのでいつでも読めるんだけどさ〜 :-b)
ついでに、トルシエの全インタビュー、どこかまとめて本にして出版してくんないかなぁ。分量的にどれくらいになるのか想像付かないけど、そのまんまでも6,800円くらいまでなら買うぞ。全質問者の名前と当時の所属を付けてくれるなら、9,800円出す。英日・仏日チェックを全部かけて、通訳上の誤解とか齟齬とかに注釈入れてくれるなら、20,000円出す(ほんとかよ :-)。色んな意味で記念碑的だと思うぞ。たぶんゴーン本より遥かに大きな意味がある、マジで。
2002/12/28 (土)
他にも書きたいネタは幾つかあるんだけど、やっぱ、今年のことは今年のうちに片付けときたいので懸案のワールドカップ・ネタ。
とりあえずは、2002 FIFA World Cup™ Korea/Japan観戦リスト。
- MATCH 13, JPN vs BEL,
04 JUN 2002 18:00, SAITAMA, CAT3 60USD, D2 221 7 1xx
- MATCH 44, ECU vs HRV,
13 JUN 2002 20:30, YOKOHAMA, CAT1 17000YEN, W11 24 1xx
- MATCH 52, ESP vs IRE,
16 JUN 2002 20:30, SUWON, CAT1 225USD, W3 6 x
- MATCH 55, JPN vs TUR,
18 JUN 2002 15:30, MIYAGI, CAT3 100USD, NB05 2 xx
- MATCH 62, BRA vs TUR,
26 JUN 2002 20:30, SAITAMA, CAT1 500USD, A8 504 23 4xx
(値段を全部足して*2したりしてみることは禁忌禁物絶対厳禁)
準決勝などは最初は全く行く気は無かったんだけど、この頃はもう冷静さを失ってて、観戦決定。だってチケット売ってるんだもん。:-b
決勝も、例の折り鶴の話を聞いたときに、過去のイベント経験からして絶対に涙モノになることが確信でき(試合自体は凡戦の可能性大でも)、もうすっかり行く気になってたのだが、最後の最後で金を惜しんでカテ3狙いにしたため、幸運にも(?)チケットは買えなかった。カテ2や1指定だったら多分買えてしまっていたので、本当に危ないところだった。:-) (でもやっぱ行きたかったかなぁ…)
今更、なんでそんなにチケット買えたんだ? などと言う人は居ないとは思うけど、念の為言っておくと… などという風に書こうと最初は思ってたのだが、実は、言いたいことの半分はゴミ投資家シリーズの最新刊のIntroductionに書かれてしまった(さすがゴミ投資家シリーズ)。
と言っても、別に私ゃそこに書かれていることすらしてない。WCTBでは結局買ってないし(海外住所も「石」も使ってない)。単にJAWOCからとWCS (Will Call Sales)で買っただけ。
通常、入手困難な代物を手に入れるには、カネやコネが有効である。それに加えて、(正確には言葉の使い方が違うと思うがゴミ本に釣られた言い方をすると)今回のチケット販売は、JAWOC経由にしてもBYROM経由にしても非常に非効率的で歪みが多くあったため、他人より、より多くのチケット購入の機会を得る方法が幾つもあった。
恐らくは今回の2002 FIFA World Cup™ Korea/Japanの観戦チケットは、
- 金
- コネ
- 友人
- 社会的地位
- 情報探索/入手能力
- ソフトウェアに関する技術的知識
- ネットワークに関する技術的知識
- 嘘を嘘と見抜く力 :-)
- 時間
- 運
の内どれか2つが在ればだいたい、3つ在ればほぼ確実に、入手できただろう。
私に備わっていたのは、5,6,7,8 くらいかな? でも、「ネットワークに関する技術的知識」つったって、"DNS round-robin"って何? って位なもんだけど(あの時が一番楽勝だったかも(遠い目))。「ソフトウェア…」については、取り敢えず、チェッカーは自作した、とだけ言っておこう(あとはちょっと… :-b)。
ここから無理矢理、話を結論に持っていくと…
上記の能力は、単にチケットゲットのためだけに必要なものではない。恐らくは、これらを何一つ持たない者が現代社会を生き抜くことは、かなり困難だと言わざるを得ないだろう。(勿論これ以外の能力だけで生き抜くことだって可能だろうが。『顔』とか『頭』とか『口』とか『才能』とか。)
それを、因果な世の中になったと思うか、チャンスと思うかはその人次第だ。しかしここで一つ重要なのは、このような能力を得る機会については可能な限り同一に与えられるべきであり、その部分については決して『自己責任』などではない、ということだ。知識を得るための知識。機会を得るための機会。ヤヤコシイ概念をヤヤコシイまま(意図的に?)放置することによって、既得権を既得権としようとしてはいないだろうか? 我々は『知識』あるいは『機会』という概念のMeta-level Architectureについて、もっと考えるべきだと、強く思う。
と最後は別の話になってしまったが、本題はやっぱりチケゲットなので、締めは皆(象徴としてココ)に感謝して終わろう。あと、姉スレのみんなにも(Coming Out! :-)。
お前らのおかげだ。Thanks!
2002/12/27 (金)
いくらでも余ってる普通紙(再生紙)の官製年賀葉書を買っても50円。
どこに行っても売り切れのインクジェット紙官製年賀葉書も50円。
ざけんな、ばかやろー、と思ってインクジェット用葉書用紙に印刷してそれに貼る切手を買おうと思っても50円。
… かなり謎な商売である。
2002/12/25 (水)
2日間、伊豆幽閉。
なんか今回は行く先々が通行止めである。
往路、東名沼津−富士IC間通行止め。
復路、まだ明るいし天気も良いので熱函回りで帰ったら、熱海ビーチラインが現場検証だか実況検分だかで通行止め。仕方なく135号に直進したら、途中で全く動かなくなる。対向車も来なくなり、救急車と消防車が追い越して行った時点で諦めてUターン。そもそも昔から135号運が悪いんだよな、私。
それはともかく、どいつもこいつも、人のことを心身全く健康体だと決めつけて対応するのはやめて欲しいものだ。そんなことだと、そのうち痛い目に遭うぞお前ら(って誰だ :-)。
2002/12/18 (水)
月曜日。高みの見物。
高みの見物だから言えることだが、なんでみんな、もっと「本音と建前」をうまく使い分けないんだろうか、と思う。「本音と建前」というか、より正確には、自分が本当にやりたいことと、やりたいことをやるための手段としてやり得ることについて、日頃からもっとちゃんと考えていればいいのに、そしたら、ある何かが眼前に提示されたとき、それが前・後者どちらに属するかがきちんと判断できるのに、てな感じ。まあ、後者については更にcost-benefitの判断をする必要があるので、すべて即断できるという話にはならないのだけれど。
夜は忘年会。月曜から飲んだくれ、ぐず共化の路をひた走る。
火曜日。夢の中。
とてもこんなとこには書けないあんなことやこんなこと(やや大袈裟)で、ぐず共ness++;
それにしても、会社をクビになる理由を1つずつ増やしていく人々は、職はどうにでもなるという自信の現れなのだろうか、それとも実は、辞めるきっかけが欲しいのだろうか。皆、うらやましい限りである。
水曜日。朝は武蔵野、昼から厚木。
日記をたきぐちに読まれていたことが発覚する。油断も隙も… って、それは違うか。:-)
厚木の主たる要件は内緒。目標は『世界征服』、か?!
大野くんに最新の視線測定カメラを見せてもらう。簡単。すごい。楽しいなぁ。こーゆーのこそ、使い方は色んな人に考えて貰った方が楽しいと思うのだが、この組織にそーゆーセンスがあり、それを許容するだろうか。
あとついでに、前から懸案だったbrlの「"~"問題」を直して貰う。とりえあずこれは直ったので、後でちゃんと、諸々のものをこっちに投げるようにしておこう(と言いつつ放置するんだよな > ヲレ)。
「"~"問題」の教訓は、何が自分で操作できるもので、そしてそれは何に依存しているかをきちんと考えていろ、ってこと。自省。
家に戻ってから主たる要件絡みについて考え直すと、"Xxxxxxxxxx Xxxx" (さっき命名)は、軽いノリで、とっとと作ってとっとと見せた方が良いなぁ、と思う。
『走れぐず共』、ってことか、やっぱし。がんばって走ろ、っと。
2002/12/14 (土)
しかし、この期に及んで、あんな小手先な税制改正って、一体何考えてんだか…
さらに、マスコミも、この期に及んで、自民党が…公明党が…なんていう永田町噂話の横流ししてて、どーしようってんだか。
どちらも終りが近いことを祈るよ、ほんとに。
かといって別に、日本人が馬鹿でアメリカ人が偉いという訳でもない。
あんなブッシュ(1,2)を見るにつけ、アメリカ人じゃなくて本当に良かったと思う。ヲレがアメリカ人だったら、あんなん見たら、恥ずかしくて穴に潜っちゃうよな。
あと、くされpublisher共、とか。
くされpublisher共、といえばDarknet論文。書いたのはMS ResearchじゃなくてMS Corp.の人間なんだ。どうりでStarSuiteがこの論文に負ける訳だ(嘘)。
やっぱ、そういった意味でのSFN,ちょっと真面目にやってみようかなぁ… (文脈が昨日と矛盾してるぞ :-)
そこに輝ける未来はあるだろうか?
2002/12/13 (金)
1月経てばblog祭りも夢のまた夢。やってることは、ワイドショーと変わらんな。ま、私にとっては、この騒動をきっかけに、東京大学大学院新領域創成科学研究科環境学専攻人間環境学大講座メディア環境学研究室(自分でやっといて何だが、長過ぎ)の「月尾嘉男教授/濱野保樹助教授/武邑光裕助教授」とゆーのを知ったのが、最大の収穫だな。東大以外では決して出来ない技だ。すばらしい… 感動的ですらある。うむ。
そういえば、「日本ウェブログ学会」、か。EmacsでHTMLを編集している私も、こっちなら入れて貰えるのだろうか? :-)
ま、それはそれとして… それがblogの特徴付けとなるのか否かは結局分かってないのだが、コメント付けの機能についての一コメント。
「コメント付け」や「TrackBack」を手段としたコミュニケーションの発生と、そこから生まれるacquaintanceship (もしくは"知")の創発。それが重要かもと考えることについては何ら異論はないが、その実現手法として、いまさら「相手の(人の)スペースに書き込む」というのは無いんじゃないか、と思うのだ。せっかく、TrackBackまで到達したというのに。もったいない。
「草創期」ネタを持ち出す訳ではないが(持ち出してるか :-)、ある意味似たような「双方向」話は7年前にした。したのは事実だが、そこで自分が何と答えたかはもう残っていない(このページの一番下にここへのリンクがある)。どうせ茶々しか言ってないとは思うが、何と言ったのか気にはなる(ついでに書いとくと、ここに付けたコメントが何だったかも気になる)。一方、自分が自分の所に書いたものは、当然、自分が残そうと思っているが故に残っているのだ。
完全な分散(・replication)システムであるならば、本来、そのデータがどこに置かれるか本質ではない。というか、ユーザから見たらそういう概念が恐らく無い。しかし今のWebのような似非システムでは、どこにデータが収められるかに意味を持つ。消されてしまっては、存在しなくなるのだ。創発したかもしれない知も知己も。
コメントを相手のスペースに書き込むと同時に、そのコピーを自分のところにも置くようなシステムは、多分すぐ書ける。あるのかな? 調べてみないと分からん。で、あるとして、その手のreplication情報を(メタ)データとして取り扱う枠組は… えーと、何かあったっけ? (そいえばDRPってどうなったんだ?) なんか、"?"ばっかりだな。:-)
という訳で、似非なシステムが分からず・信じられない私は、今日もシコシコとEmacsでHTMLを書いて、サーバにftpするのだ。それ故に(嘘)。ま、サーバやhost(domain)nameが自分のものではないので、URIの保存性は保証されないんだけど(もう諦めようかなぁ…)。
他所にコメント付けしてる人々は、
- 相手先を信用している
- 自分で全部コピーを取っている
- 消えてもいいことしか書いてない
- 消えたらそれが運命だと思っている
のだろうか。消えてもいい、どうでもいいような断片が意味の一環と成り得ることに意味があるのではなかったのか? 一体どのような折り合いをつけているのか、一度誰かに聞いてみたいものだ。
そういった観点からは、やはり、「次々々々世代Freenet」的なモノはもっと真面目に考えねばならない。違法物の楽園としてではなく。nyってる場合でもなく。密かな企みを持ってる人は世界にどれくらい居るのだろうか? 興味深いことだ。
(ここではデータの置かれる場所と匿名性に関する議論も置いておく。どうせそれも、今のWebでは似非モノだし。)
(本人に気付かれることは無いと思うが)この文章は決してなひさんを批難する目的で書いた訳ではないことを、ここで表明しておこう。恐らくは、面倒臭い半分、他人の投稿を再編集して掲示して良いかという躊躇半分、といったところか。で、この「躊躇」が生じ得ること自体が、システムの不完全性を意味するのではないか、と思う。
2002/12/04 (水)
また羽田。
今日は羽田最早記録だな。とりあえず、あーしてこーすると羽田に5:50には着けることが分かった。あと、売店開店時(6時?)にもサンドイッチが納品されることも。ちなみに、今日は「万かつサンド」にしました。:-)
行き先は函館。今日はバス出発じゃない! (この時間なら当然か?)。目的は、潰れゆくリゾート施設を訪ねるツアー、ではなく、WISS2002. 会場はグリーンピア大沼。形はどうなるにせよ、平成17年度末までの廃止は決定済?。積み立てた厚生年金は、こーして不良資産に化けていくのだろうか…
早めに着いたといっても、ネットワーク関連の準備はあらかた終わっていて、それほどすることもない。魚井さんと美馬さんに感謝。あとは密かな野望のために持ち込んだRTX1000と格闘しているうちに、WISSも始まる… と、突然隣の人に声を掛けられる。「高田さんですか?」「はい」「遠山です」。が〜ん、何故こんなとこで、しかも隣に。偶然というのは恐ろしいものだ。:-) (20021219追記: 偶然じゃないのか)
遠山さんのポスター/デモセッションでの発表は、単純に、「ケータイに"AppleScript"が載ってたってイイじゃないか」と受け止めましたが、それで許して貰えるだろうか。もちろんそれは比喩であり、state-of-the-artなコンピュータ・サイエンスの知見を導入すると同時に、ケータイに適したscripting手法を探求する、という意味ですが。そして個人的には、それはイイ! と思いますた。
今年のWISSは… 会議のあり方にしても、研究的にも、ちょっと行き詰まり感はあるかな? そろそろ別の視点を加える必要があるかも。研究トレンド的には、以前から感じている『石井さんと暦本さんが日本のコミュニティに与える悪影響について — 彼ら本人達が悪い訳では決してない —』(非公開ドキュメント(嘘))的な要素が少し減ったかも。それはそれで良いことだな、と思う。
あとは面倒なので全部略。:-)
以下、自分のためのメモ。
あ、帰りの羽田は案の定バス到着。しくしく…
2002/11/29 (金)
2日目。
自分の発表は、純粋にtechnicalな話という訳でもなく、かといってmanifestoにも成り切れず、中途半端な、良くない発表になってしまったような気が… 反省。
研究会も終り、砂丘だ、砂丘だ!!! (を、インパクサイトが名前を変えて存続? 偉いなぁ。それにひきかえ…(inpakuへのリンクは無論イヤミだ :-)) 最初の予定では時間的にキツイかなぁ、と思ってたけど、結構余裕があるので、「馬の背」まで行ってみようかな… 行ってみようかな、と言っても、何せ距離感、というか、遠近感が破壊されそうな光景なので、良く分からん。歩いている人の動き具合いを観察して、どうやら、それほど遠くはなさそうなので、行ってみることにする。
ううむ、デカくて起伏のある砂浜と砂丘の違いは如何? あと、この下はどうなってるわけ? パークインフォメーションにボーリング・サンプルがあったけど、あれはどこを掘ってもそうなのか? それとも、馬の背とかは最上位の砂の層のみが厚いのか? 謎が多い。あと、たまたま靴がClarksのzestで、desert bootじゃないけど砂入らない(それなりに機能する)じゃんとか思って、嬉しかったり。
あとは帰路。あ、その前に、お土産は「梨福」。結構旨いかも。
帰りは寝てたので良く知らないが、多分、やっぱり、羽田渋滞。ぷんぷん。羽田⇔鳥取はANAしか飛んでなくて、「早割」も設定されていない。まったく、何だかなぁ。