2017年の記事一覧

Mastodonあるいは非中央集権分散連邦型の未来

マストドンのことでも書くどん(…ごめん)

Mastodon.一言でいうと懐かしい.でもそれはTwitter黎明期とかIRCとかの懐かしさではなく,個人的に2010年頃StatusNet等をインストールして色々と試してたころの懐かしさ.あまり一般的ではない.

StatusNetあるいはidenti.caそして現在はGNU socialとなっているそれは,オープンソースのSNS/マイクロブロギング・システムだ.当初それらが作られた理由は,おおむね

  1. オープンソース版のTwitterがほしい
  2. それをオンプレで動かしたりしたい

というものだった(推測).

そうすると,その結果として複数のSNS/マイクロブロギング・システムがあちこちで立ち上がる(Mastodonではこれをインスタンスと呼んでいる).そこから必然的にそれらシステム間の「相互乗り入れ」を実現したくなる.それが”federation”と呼ばれる機能であり,そのためのプロトコルがOStatusというもの.MastodonはこのOStatusの新しい実装であるため,(Mastodonのインスタンス間だけでなく)GNU socialとも連携可能らしい

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私が2010年ころに何をしていたかというと,社内の情報交換・共有用にそれを立ち上げようとしていた.理由は3つ.

  1. もっとマシなツールで情報交換・共有をしたい(メールはもうウンザリ.当時はTwitterはイケてるものであり少しでもそれに近づけたかった)
  2. その場合当然オンプレミス(自社内)にインストールできなければならない(クラウド? えーと…w)
  3. 異なる部署等毎にそれらは用意せざるを得なく,となるとそれらの間の連携機能が欲しい

だ.見渡すとStatusNetはピッタリだった.

結果,いくつかの組織でStatusNetサーバが上がり,連携(federation)も機能した.が,いわゆる「盛り上がり」は今3つくらい.結局翌2011年の春,「節電施策」のもとサーバをシャットダウンして(仮想マシンだけど),それきりである.

(ちなみに当初目的はまったく姿を変えた形でその後Yammerが担い,後にSlackに受け継がれ現在に至る.これはかなり上手くいってるだろう.先日の某カンファレンスもSlackがなければ実現しなかったかもしれない.…え? オンプレ/クラウドの話はどうしたかって? 何のことだか僕ぜんぜん分からないなぁw)

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さて,Mastodon.実際に触ってみると,Federation機能のあたりは雰囲気は正しくStatusNetそのまんまだ(当り前).というわけで非常に懐かしい.2010年に戻った気分.

2010年台も終盤のいま,Mastodon/GNU social的なものが必要とされる理由は,ひとえにFacebookやTwitterに対するalternativeとしての存在だろう.プロプライエタリに対するオープンソース.独占的巨大プラットフォーマーに対する分散されたサービス+連携機能.

そしてMastodonがそこを意識しているかは不明だが,もうひとつ重要なターゲットが考えられる.それはコミュニティやチーム内のコミュニケーションツールとしてのSNS/マイクロブロギング的サービスだ.過去数多の勇者達がそれに挑みそして敗退した(GoogleもSaleforceもMicrosoftもFacebookも)…と思ったらSlackが登場しあれよという間に現在チャンピオン.とはいえSlackで複数チームに入っていればよく分かると思うが,Slackにはチーム間連携という機能どころかその概念すら何もない(ほんと何とかして).

Federationとは要するに「よそのサーバのユーザーをフォローできる」=「自分のタイムラインに表示されたり,DMを送ったりできる」という機能だ.それがチーム/コミュニティ間連携の問題を解決するかというと,微妙,というのが2010年時点の理解だった(その後は追っていないので分からない).しかし取っ掛かりとしては良いだろう,

マストドン.というわけでそれはStatusNet的なものだが,その経験で言えばそこそこは使える.痒いところに手が届かない的な部分は山盛りにあるが.何らかの理由でSlack等を使わずにチームやコミュニティが自分たちのためのSNSを立ち上げるのであれば,ひとつの選択肢だろう.

これを起点として楽しめばよいのだ.もっとモダンさを上げるとか(クライアント/AppのUI,投稿の削除や編集,スレッドどうするか問題等々),システム的にひとひねりふたひねりしてみるとか,いわゆる分散システム的の楽しさ苦しさ(複製やら一貫性やら削除問題やら)と戲れるとか.

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ここからひねるとしたら,ぜひインスタンスの数を爆発的に増やすマイクロ・インスタンス化する方向に行ってほしいなあ(一つのインスタンスに何千何万ユーザとかじゃなく,小ユーザ指向で).となるとインスタンス間のデータの交換をどうするかを考え直さないといけないので,そこをP2P的に再設計して.んでサーバーレス・アーキテクチャっぽく実装可能にしたりするとか(楽しそう).Net Giants達がでかい顔で伸してるこの世界の片隅で.それくらいやってみても.

(でももし歴史のifを言って良いなら,ひょっとしたらそんなもん,金子勇さんかあるいは彼に触発された誰かがとっくの昔に作っちゃってた気がしないでもない.だがこの世界線でそれは夢のまた夢)

もうひとつ.コミュニティやチーム間を跨いだアクティビティを支援することにおいて,フェデレーション/連携とはそもそもいったいどういうことで,何が必要で,何ができればよくて,どうやってやれば気持ちいよいか,を考えて考えて真面目にギリギリと作っていくとか.それはまだ誰も答を知らない.かつて登場したWebが全てを可能にしてしまったような「発明」がそこにあるかもしれない.

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Decentralize,Peer-to-Peer.そしてBlockchainやSharing economyもここに入れたければどうぞご自由に.システムを作る側の人であれば(それは大変に分の悪い戦いだが)やってみてもよいではないか.殺されはしないだろう(いやするかも…) ユーザーサイドは…利便性ないかな今のところは…(←身も蓋もない)

というわけで以上長い文章の結論,いや実は一番最初に言いたいことは…

いまどきTweetDeckはないだろ!

(みんなそう思ってるよね? :-)

おしまい.

https://mstdn.jp/@takadat

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以下当時のツイートの残骸たち(自分用メモ).起点はやっぱりhitoakiなのである(笑)

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『そうして私たちはプールに金魚を、』—大人たちの青春,子どもたちの青春

そうして私たちはプールに金魚を、』(通称:プー金)観てきた.ユーロスペース.急遽追加の2回目も満席(こうなってしまったら当然ああなるに決まってる).2012年に埼玉県狭山市で実際にあった女子中学生プール金魚事件をベースにした短編映画.サンダンス映画祭短編部門グランプリ受賞.

観てるあいだずっと軋むような居心地の悪さを感じてた.

画面に描かれているのは大人の視点から振り返った焦燥やどうしようもなさであり,それを14-5才の女の子たちに演じさせている.彼女たちにとってあれはリアルだったか? そんなことはないと思う.それが居心地の悪さの正体(たぶん).

でも現役の子供たちは「大人って所詮そんなもんでしょ」って思ってるに違いない.だからメタな構造でみたら辻褄は合ってる.きっとこれでいいんだろう.

大人が作った,かつて中学生だった大人のためのショートムービー.この予告編をみてビビっときたら観て間違いない(万が一合わなくたって30分で終わる).

ユーロスペースは金曜日の2回で上映終わるしすぐにチケット売り切れるだろうけど,もはや社会はこの映画を放っておかないだろうから,上映機会はこれからもきっとあるだろう.

元のニュースをきいたときからこれは「映画」だなって思った出来事.

サンダンスのニュースで知って予告編観て,ちょっと自分内期待値が上がりすぎてしまったのでこれはマズいと思った(なにそれw)映画.観れてよかったです.

関係ないけど,あるシーンで鳴るギター.10年くらい前の?カンパニー松尾を連想した.うん.

P.S.
と書いた後に買ってきたパンフレット読んだらまさに監督がそう言ってた.

つまり大人に向けてつくった、大人のための青春映画なのだ
— Movie of the youth, by the adult, for the adult!

くそー,まんまとw

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という流れでここから話は全く変わる.

映画はねー,短編だって何だかんだいって「おおごと」なわけだから,大人が大人のために子供をかたって作るしかない.子供たち自身の表現やアウトプットをみてみたいと思っても,中学生がこの規模で映像作品を作れるかというとなかなかそれは難しい.(最近話にでる「小学生YouTuber」の件はひとつの希望である←別件[関連])

その点,音楽,バンドはいいよな.まあ実際には中学生は難しいけど,高校生+レベルだったら大人の解釈を余り介していない表現をみることがそれなりにできる.SoundCloudでトラック聴いてYouTubeで動画みて(関連を適当に叩いてるだけで多くのチャンスがある),おっと思ったら小さなライブハウスに行ってみればいい.そんだけ.

結果.割と幸せですわこれ.

一部の人たちはこれを求めてアイドルに走るのか?と想像するのだけど,あれはやっぱり後ろの大人たちによる後ろの大人たちのものではないか,としか思えないので(←偏見)そっちにはいかないぞ,っとw

アイドル…… ちなみに,だけど,若いバンドは女子バンドしか観れない.オッサンとしては,男子どもの自意識や悩みや自信や鬱屈やらの感情の発露なんぞには鬱陶しくて付き合ってられん(笑).でも女子たちのそれであれば微笑ましくみることができる.おそらくいま私はPC的に正しくないことを背景とした考えを自ら書いているのだが,まあこれは実際そうなので如何ともし難い(笑).一方でもう30見えたり超えたりして現実はよくよく理解しているけど夢っていうか諦めないでやりたいよね的男バンドは割と好きです.ちゃんと聴きます.いいよね,いろいろと.

……なにが言いたいのかまったく謎な蛇足(笑).以上.

リーガルリリー,ヤバいです

まずはこの衝撃を皆様へ(といっても一部領域を趣味とする人じゃないとわからないが)

・・・・・・・・・」(←ドッツトーキョーと読むらしい)の「ねぇ」.シューゲイザー・アイドルだとかその手のことは公式には何も謳っていないようだ.

シューゲイザーとかノイズギターのファンがこれを聴くと,ヘビーメタル・ファンが最初にBABYMETALを聴いたときのと同じ気持ちが味わえるのだろうか.衝撃とか蹂躙され感とか? でもやっぱりその強度やクオリティは全然違うと思う.本人たちにせよ後ろの大人たちにせよ(YouTubeの関連動画でライブ動画がでてくるので推して知ってください,みたいな)

では仮にクオリティや強度をとことん突き詰めていけば,このジャンルもまた誰かがアリになるのか? 理屈ではあり得るのだろうが,それはやっぱり無理なんじゃないかと思う.
(ちなみに音源が無いのだけど最新曲はFor Tracy Hydeの管梓氏作らしく,そこでは一段階上がったものが聴けると思うのだが.残念ながら聴く機会がない.とても聴きたいのだけど.音源ー!)

無理か無理じゃないかは知らないが,いずれにせよ「階段」はここにはない.それで思いだすのは,O.D.A.さんのWASTE OF POPS 80s-90s(このブログ/日記も古いよな)のこの文章.リーガルリリー,そして参照としてのガチャリック・スピン.

以下引用.

アイドルと同世代の女の子がゴツゴツした剥き出しの音塊を無闇に放出していたり、ガチガチの馬鹿テクバンドがアイドル的な演出までガンガンにやっていたり、そしてそういうバンドすらまだまだ伸ばしていかなきゃいけない状況にあるわけで、そんな中に「アイドルだけどバンドやってます!頑張ってます!」程度の代物が入っていってちょっと普通のアイドルと違う客層を取り込もうとしたところで、そこには考えているような客層はいないし、そもそも居場所すらない。

BABYMETALは勿論この後半部分に相当するものではない.ぱっと見それにみえ実はプロフェッショナリズムの極地.それがゆえの今現在.

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というわけで結論として,リーガルリリー,ヤバいです(なんだよその展開w)

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リーガルリリー.昨年度末日,武道館かSHELTERかという究極の選択wの末,ワンマン観てきた.男子学生・女子学生や高校生(制服もちらほら)という正統なファン.アイドル的に追っかけているだろう男子.この手のものの「早耳」が生き甲斐のオッサン達.有象無象.業界関係者.それら諸々のぎゅうぎゅう詰めパンパン.爆発前夜にありがちな光景.

ライブは,そしてYouTubeの過去の映像と較べた2017年3月末時点での伸びっぷりは,想像以上.参りました.

1年ちょっと前まで,とある分野の次の覇権を握るのはSHISHAMOだと思ってた.しかしSHISHAMOは少し別のところへ行ってしまったようだ.考えてみれば,もとから宮崎朝子氏はいわゆるバンド的なものやライブハウス的価値観からは距離を置くタイプだったのかも(それは十分に感じ取れていたはずだった).

リーガルリリー.衝動起点かプロフェッショナリズム起点かでいえば前者.これからどれだけの力強さをみせてくれるんだろう.あそこを埋めるのは果たして彼女ら達なのだろうか.期待しかない.