テレビのニュースなんぞを、つらつら見ていると、どうにも理解できないとゆーか、見ていて堪えられない「異形のもの」を発見する。
その1:甲子園の応援スタンドの風景
あれは変だ。何をどうしたって変だ。あそこにいる人達は観客ではなくて応援のための装置なんだな。で、その「応援」も応援ではなくて単なる「型」、っつーか。ま、その中を一人一人見れば、本当にあれがしたくてしてる人もいるのだろーし、あ〜だり〜な〜ったく、でもこれやりゃ単位くれるっつ〜しな〜、仕方ね〜な〜、という人もいたりして、それなりに人間模様様々で面白かったりするんだろーけど。
で、その変さを私に見せてくれるのは、実はカメラの構図だったりするのだな。スタンド全体を引いて撮ってるときや、一人をアップで撮ってるときは、まぁ、それほど不思議には思えない。でも、20人とかがフレームに入る中途半端な引きの画がいけない。ポンポンで「V」とか作ってる個人が見えちゃったりして。実は、変を変に見せるも見せないもカメラアングル次第。自己喪失。
その2:田中角栄邸相続税物納で半減
田中角栄がどんな人だか、あの土地屋敷をどうのように手に入れたのか、あれ以外にどんな資産があったのか、私は全然知りませんが、死んだら半分没収ですか。やっぱしこの国には私としての人間は存在してはいけないのですね。法人のものだったら実質半減期は無限大だよな。公地公民、拡張される公、ちゅうか。
しかしそうして土地は切り刻まれていく。一度切り刻まれた土地を再び接合するのにどれだけのエネルギーを必要とするかは、我々は既に80年代に学んだ。熱力学の第二法則。
その3:TBS問題
TBSが何をしたのか、いったい何がいけなかったのか、私には全然理解できませんが、やはりあれは、ようやくスケープゴートが見つかったので、皆、嬉しくてたまらないのでしょうか? それとも、TBSがあんなことさえしなければ誰も死ななかった、と言って皆で安心したいのでしょうか? それとも単なるイジメなのでしょうか? どーにもよく分かりません。
ちなみに私は、血を飲んで救いが得られるか否かはその宗教内で決めることであり、それを外から非科学的だといって糾弾する弁護士は誤っている、という意見に賛成です。だからといって、殺されてもいい、とも思いませんが。国民の権利及び義務。
とかゆーことを公言する私は、その時点で世間から「異形のもの」と見做されるのですね。
異形は偉業で異郷に去れ、ちゅうか。意味不明。