先日発売された、エルビス・コステロと弦楽四重奏団ブロドスキー・カルテット
の合作アルバム "The Juliet Letters" と全く同じ内容をそのままにひっさげて
の来日公演。実は私は当のCDもまだ買ってなく、「まあ今日のコンサートが気
に入ったらCD買おう。でも下手すっと寝ちゃうかもなあ」くらいの軽い気持ち
で聞きに行ったコンサートでした。しかし、これが…
会場に入るとステージ上に置かれているのは、3つの譜面台、5本のマイク、そ
して、チェロが座る台とステージ後方のカップとボトルが置かれた小さなテーブ
ルだけ、それしかない。本当に "The Juliet Letters" そのままのコンサートを
演る気のよう。
10分ほど遅れて開演。コステロとカルテットの5人がステージ上に現れる。コス
テロは前回の来日とはうって変わり、髭もなく多少痩せた感じで、やけにこざっ
ぱりとしている。
1曲目はアルバムと同じ "Deliver us", そして2曲目は "For other eyes".
やはりアルバムと同じ曲順で演るようだ。1曲目はカルテットのみの演奏で、2
曲目からコステロのボーカルが入る。だがこの最初の "For other eyes" のコス
テロのボーカルの出だしが、かなり怪しい。一瞬「あ〜、こりゃ今日は外したか
なぁ」という思いが頭をよぎる。しかし曲の途中から段々と落ち着いてきて、3
曲目 "Swine" 以降は全く問題はないようだ。やっぱり初日の一番最初っていう
のは緊張するのかなぁ、とも思う。
最初馴染むまでは多少の戸惑いはあったが、聞いていくにつれ、これが実に良い。
最初の山場は6曲目の "I almost had a weekness". 驚いたことに、いかにもコ
ステロ節のポップな曲なのに、これを作ったのはコステロ本人ではなく、主にカ
ルテットの第一バイオリンの Michael Thomas なんですね、これが。
しかしこの曲は本当に名曲だぁ! 特にカルテットのテンポが速くなって行き、
すっと、また元のテンポに戻るところがたまらなく気持ち良い。曲の良さに加え
て演奏も完璧。
この曲が終わった瞬間の拍手とどよめき。何というか観客1人1人の「おお〜っ」
「よっしゃぁ」みたいな感覚が客席全体に満ちていき、それがステージ上をも包
んでいく様な感じ。この時点で会場がすっかり出来上がってしまった感じがした。
その後、"Why?", "Who do you think you are?" (これも良いっす)と曲は続き、
次は "Taking my life in you hands". この曲は、カルテットが醸し出す緊張感
が実に気持ち良い。そして最後にコステロが ♪taking my life in your hands♪
と高らかに唄い上げて、第1部が終わる。
このラストのコステロのボーカルが気合入りまくりで、本当に最高! またもや
観客の大きな拍手とどよめきに包まれつつ、会場は一旦明るくなる。
ある雑誌のインタビューでコステロが、「これは僕のレコードではなく『僕らの
レコード』だ」と話していたけれども、こうして実際に聞いてみると、そのこと
が実に良く分かる。
単に「コステロのバックに弦を持って来ました」とか、「今日のゲストはエルビ
ス・コステロさんです!」のような単純なものではなく、非常に密なコラボレー
ションの結果として出来上がった作品であること、用いているのはあくまでも4
つの弦楽器と1つの声の合わせて5つの楽器であり、そして正にその構成のため
に作られた作品であることが、よく分かる。
さて10分ちょっとの休憩を挾んで、第2部の始まり。第2部は、"This offer
is unrepeatable" から始まる。どうやら、アルバムの曲をそのままの順序で全
曲演るようだ。コステロが手紙に擬えられたそれぞれの曲について簡単に説明し
ながら、ステージが進行していく。
そして(シングルカット予定の?) "Jacksons, Monk and Rowe". これも名曲っす。
何か、もう、胸が熱くなってきた。いてもたってもいられない感じ。
コステロ、コステロと言ってるけれども、ブロドスキー・カルテットも実に良い
んだな、これが。その独壇場は "Romeo’s seance". 実に自由で percussive な
演奏で、この曲などはコステロはどうでもいい(言い過ぎか ^_^)というくらい、
カルテットの素晴らしさが光っていた。そういえば全体を通してこの曲でたった
1フレーズだけ、第二バイオリンとビオラの人がコーラス(声)を付けていた。
"Damnation’s Cellar" もカルテットが素晴らしい。第2部の後半は主にカルテッ
トの方に魅き付けられていたと言っても良いくらい。
そしてとうとう20曲目、"The birds will still be singing" で第2部が、本
編が、終わりとなる。
コンサートの前、「きっと本編でアルバム全曲演ってそれで終わり。アンコール
もなし(出てきて御辞儀するだけ)なんじゃないかな」と勝手に思っていたら、こ
れが何と…
大きな拍手に迎えられて5人がステージ上に現れる。最初は御辞儀をしてまた舞
台袖に帰っていく。それでも拍手は鳴り止まない。再びコステロとカルテットの
メンバーがステージ上に、そして各ポジションにつく。お〜、アンコールやるの
かぁ。
アンコール1曲目は "The Juliet Letters" のアルバム未収録曲と言っていた
"The king of unknown sea" (曲名違うような気がするな…)。そして2曲目は
1940年頃の誰とか(分からなかった)の古い曲のカバー。
先に言ってしまうと、ここから出ては引っ込み、引っ込んでは出てを繰り返し、
延々とアンコールが続く。何と計4回、6曲! まじで拍手が鳴り止まないんだ
もの。完全にアンコールを入れて3部構成状態と化す。
次のアンコール、たった今アレンジしたばかりだ、などと言いつつ曲が始まる。
これが "Almost blue"… 今回のステージで演られた唯一のコステロ・オリジ
ナルの曲。これは会場盛り上がってましたねぇ…
行きがけに一緒に行った友達と、「まさか、カルテットをバックに "Alison" と
か演んねーだろーなあ」とか話してたんだけど、本当にこんなんになるとは。会
場は盛り上がってたようだけど、実は根がひねくれた私は、ちょっとムッとして
た。「おいおい、そりゃ反則だろうが」というか。(^_^;
でも、そんな私のひねくれた思いも、次に演ったビーチボーイズの(正確にはブ
ライアン・ウィルソンの?) "God only knows" のあまりの素晴らしさに、もう、
何もかもぶっ飛んでしまった。かつてポール・マッカートニーが「世界で最も美
しい曲」と賞したという、この曲。うう… (;o;)(;o;)(;o;)
そして再びステージ上に呼び出されて、もう一度 "I almost had a weekness".
この曲がもう一度聞けるとわ! 思わず曲の間に声かけまくり、拍手しまくり。
まあ、アンコールだから許してくれい。またまた (;o;)(;o;)(;o;) っす。
そして最後の最後、恐らく誰かのカバーの曲を演って(曲名不明)、日本では珍し
い本当の意味での standing ovation とともに、ようやく、この、余りにも素晴
らし過ぎるコンサートは終わった。
コンサート&ライブ生活16年。何というかこれほど気持ちを揺さぶられたコン
サートは後にも先にもない。
所謂「クラシック」と呼ばれるジャンルの音楽を全く聞かない私がこんなことを
言うときっと怒られるだろうけど、「弦楽四重奏」という形態がこれほど自由な
ものだとは思わなかった。「ギター,ベース,ドラムス,… 」といった、所謂
「ロック」の枠に収まっていることが、とてつもなく不自由なことに思えるほど
だった。
音楽の持つ自由さとか豊かさとかで全身を包んでくれるような、音楽への個々の
趣味や立場を越えた普遍的な素晴らしさに満ち溢れた、そんなコンサートだった。
コステロもカルテットも、そして観客も最高!
この日この時この場にいなかった全ての音楽好きの人々に、「一生後悔するっす」
と胸を張って言えるような(なんじゃそりゃ)、そんなコンサートだった。
という訳で余りにもかんどーしてしまった私(達)は、思わずその場で金曜日の日
比谷公会堂のチケットまで買ってしまったのだった。
金曜日は、コステロは気合を入れて唄っていたようだけど、ちょっと、声がガサ
ついてたような気がした。今年の悪性の日本の風邪にやられたかな。
本編の構成は全く水曜日と同じ。アンコールは、水曜日に「1940年の古い曲」と
呼ばれていた曲の代わりにトム・ウェイツのカバー(曲名不明)を演った。あと、
最後の曲の前に、もう1曲入っていた(アンコール7曲!)。
# どなたかアンコールで演った曲の正確な曲名が分かる方。そして、木曜日の # 中野サンプラザのアンコールでどんな曲を演ったか。ご存じの方がいらっしゃ # いましたら教えて下さい。お願いします。
日比谷公会堂のあの傾斜のきつい2階席の一番上から見下ろすステージは、何か
ぼんやりとしていて、水曜日のコンサートの様子を夢で見返しているようだった。
でも、あの余りに素晴らしすぎる "I almost has a weekness" が4回も、そし
て "God only knows" が2回も聞けたのだから、もう、何も言うことはない…
# たろさん、こんな素晴らしいコンサートに声を掛けてくれてありがとう。 # 本当に感謝してます。
(from news:6ke.ugqd5@lab.ntt.jp in news:fj.rec.music, 1993/3/13)