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	<title>Intermittent Diary</title>
	<link>http://d.communisense.com</link>
	<description>とぎれとぎれの日記帳...</description>
	<lastBuildDate>Fri, 30 Jul 2010 18:11:04 +0000</lastBuildDate>
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	<item>
		<title>Google Buzz 雑感</title>
		<description>Google Buzzを使ってみた感想なぞ．但し使ったのはPC版のみ．私のiPod touchからはBuzzれない．タブは表示されてるんだけど．OSが2.2なのが原因かしらん．なので位置情報に基づくサービスの部分については，以下，まったく触れていないし，使ったこともないという前提のもとで．

最初の感想としては，作った奴，真面目だなあ，というの．Twitter使っていて真面目な人間が我慢ならない部分が潰してある．私も真面目な人間だけに(笑)，その気持ちはよーく分かる．


	タイムライン的強制的時間の流れも，ラベル付けもグルーピングもリストも何もなく，ただ最新のコメントが付いたものが浮き上がるBuzzは，スレッドフロート型掲示板そのもの．
	ただしその掲示板には板が1つしかない．しかも「板」として何が見えるかは人によって違う．一人として同じ板は共有していない．
	Google Buzzにおいて「スレ」に相当するものは何と呼べばいいのか? それを"Buzz"と呼ぶような気もするがよくわからん．一部では「バズレ」と呼ばれている．便宜上，以下，「バズ板」「バズレ」「バズ」「コメント」と呼ぶ．
	まず，バズレはバズをポストすることで作られる．バズレにはコメントがポストできる．(バズレ＝1つのバズ(最初のポスト)＋500個以下のコメント)
	PC版Gmailの"Buzz"タブを押した際に表示されるものを「バズ板」としよう．バズ板に現れるのは，(1)自分が作成したバズレ，(2)フォローしている人が作成したバズレ，(3)過去に自分がコメントをポストとしたことがあるバズレ，のいずれかで，かつ，パブリックなもの，あるいは，プライベートだが自分が閲覧グループに含まれているもの．
	新しくコメントがポストされたバズレはバズ板の先頭に表示される．ただし自分自身がコメントをポストした場合は浮上しない．
	自分が作成したバズレにコメントがポストされた場合，および，自分がコメントをポストしたバズレに新たにコメントがポストされた場合は，前記のバズレ浮上とともに，GmailのInboxにも表示される．
	バズレはGmail上ではメールメッセージとほぼ同等に扱われる．バズレにはシステムラベルである"buzz"が付けられるので，検索等で"label:buzz" や "is:buzz" が使える．
	リンクや写真が貼れるのは，バズ，すなわち，バズレの最初のポストのみ．コメントにポストできるのは文字だけ．
	バズやコメントでは文字修飾が可能．*ふともじ*，-delete-，_いたりっく_，*_-あわせわざ-_*，等(前後に半角スペースが必要)．詳細は，http://morinoyume.com/diary/google-buzzで太文字でつぶやく。/ を参照．
	バズ板が表示されている画面上部の"Search Buzz"検索窓は，パブリックなバズレを対象とした検索．ここから検索すれば，フォローしている／されている関係無しに，すべてのパブリックなバズレが検索できる．
	検索語が空欄のまま"Search Buzz"を押すと全てのパブリックなバズレ，つまり，Twitterの「パブリックタイムライン」に相当するものが表示される．但し表示順は，より新しいコメントがあるものが上，なので，Twitterで言うところの時間軸に沿って並べられたタイムラインではない．
	"Search Buss"のadvanced searchは，現時点では，is:buzz，has:[link/video/image]，author:，commenter:，がサポートされている．ヘルプとしては http://mail.google.com/support/bin/answer.py?hl=en&#38;answer=173277 に記述がある．
	プライベートなバズレ(自分が作成したもの，あるいは，他人が作成し自分が閲覧グループに含まれる物)を検索対象としたい場合は，GmailのInboxの方の検索窓("Search Mail")で検索する．バズレのみを対象としたい場合は，上述のように"is:buzz"を付ければよい．指定がない場合は，メールのメッセージとBuzzのバズレが横断的に検索される．
	疑問：Inboxの方でバズレをdeleteすると何が起きるのかが，イマイチよく分からない．
	自分のバズのフィードは，プロフィールのURLが http://www.google.com/profiles/123456789012345689012 だとすると http://buzz.googleapis.com/feeds/123456789012345689012/public/posted にある．含まれるのはパブリックなバズのみ．
	GmailでBuzz画面に飛ぶキーボードショートカットは g-b.
	Connected Sitesにデフォールト以外のサイトを追加したい場合は，Googleウェブマスターツールにそのサイトを登録すれば良い．
	しかしGoogle Readerを連携させている人をフォローするのは，正直，かなりキツイ…

くらいが，現状の理解です．もちろん，間違いはあると思う．

という訳で以下，雑感．

	繰り返しだが，作った人，真面目なんだろうなあ．確かにその気持ちはよく分かる．ツイートがタイムラインの彼方に消えていくとか，会話のチェーンが分からないとか，耐えられないもの(笑)．
	トラブルチケットやリクエストトラッカー的なシステムとうまく連動させる仕組みを作ると便利かも．API公開されるので色々できそう．
	仕事，というか，共同作業にはかなり使えると思う．これがあるなら，メールなんてダルくて使ってらんないかも．でもそうして使うならばなおさら，コメントにもリンク付けられるようになってないと駄目なのではないか．
	しかし，Google社内で使われているだろう仕事用の意思疎通・情報交換用システムとBuzzとの関係はどうなってるんだろうか．Buzzとは全く異なるものがあると考えるのが当然だが．
	実況向け，と言う人もいるが，1バズレ＝500コメントまで，では実際には使えないと思う．
	プライベートなバズを使ってGTDとか個人のタスク管理とか出来そうなんだけどな．
	しかし，いかんせん，バズ／バズレを分類する手段が今のところない．ラベルもないし，フォルダーもない(フォルダーはある訳ないか :-)．
	そして決定的に疑問なのは，バズ(バズレの最初のポスト)とコメントという，2つの概念があることだ．なぜこの2つを別のものとする必要があったのか，その理由が分からない．TwitterにはTweetという1つの概念しかないし，2ちゃんねるだって1と2以降の投稿に本質的な違いがあるとは思えない．1つの概念ではいけない理由は何か？
	決定的疑問その2は，following/followersに何の意味があるの？ ということ．結局，人をフォローすることの意味は，その人のバズ(＝その人作成のバズレ)がバズ板に表示される，ということだけだ．バズレの中を見れば，following/followers関係なしに，誰かが書いたコメントが目に入る．そして一旦あるバズレにコメントをポストすれば，そのバズレの作者がfollowing/followersであるか否か関係なしにバズ板に表示されるようになる．Google Buzzのソーシャルグラフは何のためにあるものなのか？
	バズ板として何が見えるかは人によって違う．一人として同じバズ板は共有していない．ここにはソーシャルグラフが効いている．しかし，バズレの中身は全てのユーザに同じものが見えている．ここではソーシャルグラフが全く意味を持っていない．


というところでしょうか．

激しく今後に期待しつつ，少し使ってみようかと思います．以上，雑感おわり，まる
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20100212190840/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Apple iPad</title>
		<description>出ました．Apple iPad．

公式ページの言葉が全てを物語っている．

The best way to experience the web, email, photos, and video. Hands down.

3Gモデルでも「電話」は出来ないしSMSも使えない，"Voice"アプリへの言及もない，カメラも付いてない．とりあえず今回は，そういう意味でのコミュニケーションデバイスにはしないという意志．思わず，"Apple TV Portable" という言葉が頭に浮かんだ．(masayangに褒められちった ｗ)

発表の仕方やビデオを見ると分かるが，これは，カウチを豊かにするデバイスだ．もちろん1人で使うことが第一に想定されているが，肩を並べ寄り添って一つのiPadを見るという形でのコミュニケーションを喚起するデバイスでもある．2〜3人で，わいわい，あるいは，きゃっきゃうふふしながら見るには最適かも．iPadの左右の枠を2人で持つ姿が目に浮かばないか? タッチインタフェースにより「入力デバイスを持つ」必要がないので，複数人で一緒に操作できる．これはとても大きなアドバンテージだ．

個人的には，南国リゾートのデイベッドやガゼボが一番似合うような気がする．気がするというか，そうしたいです私，みたいな．だってこれ一つで旅行に本と音楽とビデオ，全部持っていけるんだぜ．素敵すぎる．

iPadを，自宅カウチの快適さ，すなわち，「好きな音楽，好きなビデオ，好きな本や雑誌，好きなデジタル／ネットコンテンツがある時間」を持ち運ぶ，という提案だと解釈するならば，やっぱ Apple TV Portable じゃん，それって．ｗ

P.S.
そしてあのサクサクを可能にしたのがApple初(?)のSystem-on-a-chipだという凄さ．(Apple A4)

P.P.S.
そして謎のmicro-SIM(とunlocked)関連の話題の今後の盛り上がりに期待大，みたいな．(どーなるんだろう…)

関連記事: Intermittent Diary --- Apple i… What?
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20100128095852/</link>
			</item>
	<item>
		<title>10年代スタート</title>
		<description>あけましておめでとうございます．ことしもよろしくおねがいします．

だと句点を入れても32文字．twitterでOKだな．

えー，昨年2009年の個人ニュースは… ブログ始めましたｗ

じゃなくて真面目に言うと，一応少し自らを悔い改めまして，ネット的なものWeb的なものに対して「どうせ本質は進化してないし」とか言って斜に構えるのをやめて，素直に向き合うことにしました．結果，blogとTwitterとTumblrを真面目に使うようにしました．いまだに，諸々の中途半端さというか，未完成さというか，道半ばさが，かなり歯痒く感じますが．

あとは，いろんなデータというかリソースが「あちら側」に行ってしまいました．何が行っちゃったかは，いろんな意味で言えませんｗ

にしても，「1つめの2000年代」が終わってしまいましたねえ．ちなみに，2つめの2000年代は2099年まで，3つめの2000年代は2999年までです．

2010年は，そして2010年代は，どうなりますやら．

P.S.
この投稿はアーカイブページの動作確認を兼ねております．… ちゃんと動いているようだ．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20100101024721/</link>
			</item>
	<item>
		<title>21世紀も9/100</title>
		<description>ああ，もうすぐ21世紀も9％ほど終了しますよ．9/100ですよ．どうしますか，みなさん．ほんとに．

などと無駄なものを書いている場合ではありません．

21世紀といえば，未来，だったはずんなんですけどね．

私たちの年代が子供だったときに見せられた未来は，1にエアカー，2に壁掛けテレビ，までは固いところだと思いますが，3になると結構まちまち．チューブトレインだったり，ロボットだったり，腕時計型テレビ電話みたいなやつだったり，「出来上がって盛りつけされた料理が出てくる箱」だったり，宇宙ステーションだったり．

壁掛けテレビは，ほぼdone，でしょう．一方エアカーは来る気配がまったくありませんね．今やエアカーといえばタタ・モーターズですから．圧縮空気ですから．世も末だ(あ，末は通り過ぎたのかｗ)．

そんなことを考えつつ，何かネタはないかと大掃除がてら見回していたら，絵本発見．「だるまちゃんとかみなりちゃん＜こどものとも絵本＞ (加古里子作・絵)」．初版が1968年8月1日．

これに出てくる雷の国が，当時の未来イメージを更に一回脚色した感じで楽しいです．ことのほか電波が飛びまくっているのは，無線が未来だからか，それとも「雷ちゃん」だからか．でも，今見たら，電磁波身体に悪そう… としか思えないなｗ

表紙と中の数頁，張ってみます．興味がある方は本屋さんなり図書館でどうぞ．本を大切にする図書館ならきっとあるのではないかと．


--- だるまちゃんとかみなりちゃん (加古里子作・絵)  表紙


--- だるまちゃんとかみなりちゃん (加古里子作・絵) pp.20-21


--- だるまちゃんとかみなりちゃん (加古里子作・絵) pp.24-25

上に書いた未来イメージと絵本に出てくるものを照らし合わせてみると，エアカー → 雲，壁掛けテレビ → 薄さが中途半端だなｗ，チューブトレイン → モノレール(プロペラ推力？)，ロボット → 出てこない，電話 → 無線にはなってるようだ，料理が出てくる箱 → ベルトコンベアーの先には何があるんだ？？，宇宙 → 出てこない，てな感じかな．

楽しいなあ．

未来を考えるのは，暗いことなんかじゃなくて，やっぱり楽しいことだよ．

ね！

P.S.
とりあえず今切実に欲しいのは，服をたたんでクローゼットに入れてくれる洗濯乾燥機と，食器を棚に並べてしまってくれる食器洗い乾燥機だな．あと，紙の本はそろそろマジでなんとかして欲しい． </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091231045041/</link>
			</item>
	<item>
		<title>eight-hundreds</title>
		<description>今年の春くらいは "TATSURO FROM NIAGARA" ばっかり聞いてた．ツアーの影響もあったんだが，もう，とにかく良くて良くて．

とはいえ34年前の曲ばかり聞いているのも人としてどうかと思い悩んでいたいたところ， "eight-hundreds" が出て，ようやく救われた．これで2009年の音楽にハマれる(笑)．

という訳で，今年一番聞いたアルバムは，MONGOL800 --- "eight-hundreds"．

モンパチ，なんかすごいアルバム作っちゃったな，というか，すごいところに来ちゃったな．こんな音作りでも，くるりがやるのとは意味が違うぞ，みたいな．

…

てなことを年末にでも書こうかなぁ，とか，ほのぼのネタのストックのひとつだと思っていたら，武道館のライブレポがこんなことに．

後半、最新アルバムから畳み掛けられた「神様」「blue blues」「not equal」「I'll be」の流れには宗教的な凄みがあった。
--- モンパチ武道館 - ROCKIN'ON JAPAN 編集部日記 &#124; ブログ &#124; RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト

中でも、特に圧巻だったのは、後半、17曲目“神様”あたりから20曲目“I’ll be”までの、最新アルバムの4曲を並べたブロック。「ハネて踊れて歌えるモンパチじゃない部分の結晶」みたいな、簡単に言ってしまうと「じっくり聴かせる」ことに徹した時間。
尋常じゃない集中力で、音が奏でられ、歌が歌われる。1曲、2曲と聴いているうちに、気がついたら、別の世界に連れていかれていた。そんな感じだった。基本的に祝祭ムードだった武道館が、その時間だけは別の空気に包まれていた。おごそか。そう、あんまり、バンドのライブでそういうことを感じることは少ないけど、「おごそか」という言葉が一番近いかもしれない。
--- MONGOL800 @ 日本武道館 &#124; 邦楽ライブレポート &#124; RO69(アールオーロック) - ロッキング・オンの音楽情報サイト

くあー．これはやはりあらゆる手を尽くして行くべきだったのか．

今年一番の痛恨ネタになってしまったではないか．

なんということだ…
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091227035058/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Apple i&#8230; What?</title>
		<description>アップルはiPhoneを，その名前の通り，携帯電話として売った．

実際のiPhoneを見れば分かるように，それはどんなものとして売ってもよかったものだ．例えば，ハンドヘルドPC，PDA，Internet communicator，リッチなiPod，iPod for Video，携帯ゲーム機，Knowledge Navigator，…

しかしアップルはそれを電話として売ることにした(*)．2007年のあの時点において，世界やアップル社自身の流れの中で，それが最も良いと判断したからだろう．そしてその判断は正解だったと認めざるを得ない．

電話でありながら「何にでも使える」のは，それがまさに優れた汎用のコンピュータ(優れたハードウェアと優れたソフトウェアの組み合わせ)であるからだが，そんなことは表立ってユーザに言う必要はない．

さて2010年．アップルは「タブレットPC」を出すらしい．彼らはそれを何だとして売るのだろうか．

タブレットPC？ である訳がないだろう．

ブックリーダー(Reading device)，というのが最も妥当な線だが，それでJobsが満足するのだろうか．

iPhoneでBlackBerryからハードウェアキーボードを取り去ったことと，アップル・ブックリーダー(iBook? :-)でKindleからキーボードを取り去ることが，あまりに相似し過ぎているのが逆に気掛かりだ．Reading contentsをiTunes Storeに組み込む準備は，もう整ったのだろうか．

2010年．いま我々が最も「明示的に不満だとは認識していない不満」を抱えていて，「明示的に自らは認識していない渇望」を抱いている領域はなんだろう．

素直な気持ちでそれを聞くのが楽しみだと言える．ちょっぴりの口惜しさとともに．

(*) Jobsのkeynote addressを正確に辿れば，"Widescreen iPod with touch controls" と "Revolutionary mobile phone" と "Breakthrough Internet communications device" の3-in-1だが．

参考：スティーブはタブレットがひどく気に入っている « maclalala2

関連記事: Intermittent Diary --- Apple iPad
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091225083603/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Newspaper in Education</title>
		<description>前のポストにmixiの方でコメントがついて，そこに
コドモ(小3)の教育上そのうち一般紙も取らないとアレかと思って…
とかあったので続きます．

これはまさに思う壺，お客さんいらっしゃい状態．販売員の口から，「そうなんですよ．実は，学習指導要領が新しくなりまして，新聞が…」と続きます．:-)

あれは絶対，新聞本社レベルからの営業資料(拡販ツール)として伝えられてますね．このセールストークが頭に入っている販売員は，その家庭に(何歳くらいの)子供がいるかどうか探りに入るのかも．プレゼントで何を選ぶかとかで探られていませんか？ ＞あなたｗ

で，販売店員が言っていったことが本当かどうか調べてみたわけですが，結果，一応，言ってることは間違いではないようだ．具体的な内容を新聞側からの勝利報告(笑)的に書くと，こんな感じです．


小学５、６年の国語では「編集の仕方や記事の書き方に注意して新聞を読むこと」が明記された。
中学３年の国語では「論説や報道に盛り込まれた情報を比較して読むこと」が明記された。
高校では、公民の「情報を主体的に活用する学習」において、「新聞、読み物その他資料を収集、選択し、読み取り解釈」するなどの学習活動を取り入れること、情報の「情報メディアの種類と特性」について、「新聞・テレビなどの特徴や働きについて扱うこと」など、「新聞」が明記された。


国の正式な文書に特定の単語を入れることが，どれだけ大変でどれだけ意味があるかは何となく想像つくので，彼らが誇らしげに勝利を謳いたい気持ちはよく分かります．

ただ，指導要領本文を眺めてみた感じでは，新聞だけが特に指定明記されているわけではなく，放送(テレビ)や雑誌や統計・年鑑・白書やさらにはインターネットと併記されるかたちで挙げられているので，本当に新聞が使われるかは，学校や先生次第なんですかね．とはいえ，やっぱ新聞とか，積極的に選ばれちゃいそうだけどね．

新しい学習指導要領の完全実施は，小学校は2011年度，中学校は2012年度，高校は2013年度から．

ちなみに，今回案件のロビイングに尽力したと思しき方々はこちら．
財団法人 日本新聞教育文化財団
教育に新聞を　Newspaper in Education
まことにおつかれさまでございます．

インターネット側(なんてあるのか?)も，こういう努力が必要なんだろうなあ．その努力をしないのであれば，ゲリラ・革命・転覆路線しかない．どーしますかね，みなさん．(って，誰に問いかけてんだよｗ)

以下，参考リンク．
愛媛新聞社ONLINE 新学習指導要領に新聞活用明記　日本ＮＩＥ学会 阿部理事に聞く　言語力育成を重視　読み比べ 伝える工夫発見
新学習指導要領（本文、解説、資料等）：文部科学省
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091224175833/</link>
			</item>
	<item>
		<title>新聞戸別宅配</title>
		<description>とうとう新聞の宅配を止めた．

ここ数年は実際には読んでいなかったのだけど，帰って新聞受(郵便受)を覗いても投げ込みのチラシしか入っていないのは，何か，もの悲しい．まあすぐに慣れるんだろうけど．

止めようとした際の配達員のおっちゃんの態度もあっさりしたもので，特に引き止めもなし．達観，というか．

と思ったら数日後，販売店のマネージャーだか同僚だか分からないけど，再セールスの電話あり．でも，セールストークの第二声が「嘘を言うこと(確度80％)」だったので，激しく萎えて相手にせず．

さらにしばらくしたら，販売店の経営者かそれにかなり近い人(たぶん上の電話と同一人物)が家まで営業に来た．直接話すと悪人ではないだろうことは判るのだが，それでもセールステクニックがいちいち姑息．最初にインターフォンを鳴らして名乗るときに店名(紙名)を言わず，新聞をとること自体を本当に止めたのかあるいは他紙をとっているのかを聞きだそうとする，に始まって諸々．止むに止まれぬ仕業なのか，それとも体に染みついてとれないのか．まあ暇なのでしばらく話をしてみると，とにかく壊滅的な状況のよう．購読を止める人たちの理由は，多かれ少なかれ，みな，「不景気で金がない」＋「紙面が面白くない」＋「そもそも購読してても読んでいない(いなかった)」のコンボ攻撃であり，これはもう駄目だろうな… というこちらの印象を強くしただけの営業タイムであった．

…

そういえば，いまのおっちゃんの前の配達員は明らかに新聞奨学生とおぼしき女の子だった．集金の際の格好も，販売店ジャンパーの下は決して小綺麗とは言えず… その子がいなくなる前の3月，一度だけスーツ姿で歩いているのを見かけた．今はどうしているのだろうか．

などという感傷的気分も含めて20世紀の遺物なんだな，きっと．

Amazon: 朝日新聞がなくなる日 ―新聞・テレビ崩壊! (宮崎正弘)
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091222002302/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Human Computationとインセンティブ設計</title>
		<description>先日，Google 日本語入力のリリースに触発されて，Human Computationというエントリを書いた．といっても，このエントリは自分用のメモのようなもので中身は何もない．その後，第1回ウェブ学会シンポジウムのetoさんの発表で集合知の話が出てきたりということもあり，せっかくの機会なので，ネタをひとつ投下します．

---

Human(-based) computationでも集合知でも何でも良いのだが(今回の話ではそこら辺の違いは余り重要ではない)，ある作業を他の人々の行為へアウトソースする場合，そのインセンティブ設計は大きく二つに分類できる．適当に命名するならば，「価値観共有型」と「副作用利用型」だ．

例えば，WikipediaやPodcastleは前者に属し，reCAPTCHAやGoogleサジェスト＋Google日本語入力は後者に属する．

Wikipediaの場合，システム提供者の目標は，より良い百科事典をつくることであり，その編集に参加する人々のインセンティブは，より良い百科事典(の項目記述)をつくることや自分の知識による達成感・被承認感を得ることである．Podcastleの場合，システム提供者の目標は，より良い音声認識を実現することであり，そこに参加する(音声認識結果の誤りを訂正する)人々のインセンティブは，より良い書き起こし文が読めることや貢献感・達成感を得ることである．

これらのケースでは，システム提供者の目標と参加者のインセンティブは同じ方向を向いている．すなわち，提供者と参加者との間で価値観が共有されている．これは一見シンプルかつ望ましい設計であるように見えるが，一方で，意図的に価値観を相違することでシステムを妨害することが可能だという欠点を持つ．つまり，悪意を持った人が，わざと間違いを書いたり誤った訂正をして，WikipediaやPodcastleを破壊することができる．

他方，reCAPTCHAの場合，システム提供者の目標は文字認識の精度の向上であり，reCAPTCHA利用者のインセンティブは，ウェブサイトにおけるセキュリティの確保(正確にはSPAM BOT除け)である．Google日本語入力の場合，システム提供者の目標は，より良いIME実装のための辞書や言語モデルを獲得することであり，Google検索(サジェスト)の利用者のインセンティブは，より良い検索結果を得ることである．

これらのケースでは，システム提供者の目標と参加者のインセンティブとの間には何の関連もない．参加者が自らのインセンティブに基づいて何かをしたことの副作用として，システム提供者が求める利益が得られる構造になっている．そして，提供者と参加者との価値観の共有を必要としないことで，悪意のある参加者の参入を阻止することが可能となる．Google Books (reCAPTCHAはGoogleに買収されGoogle Booksの文字認識に利用されているらしい)を妨害しようとしてreCAPTCHAに誤った入力を与えたり，Google日本語入力を使えなくするためにGoogleで意味のない検索をしたりする，といった行為が有効かどうかは不明であり，そんなことをする気には余りならないだろう(悪意はもっと直接的に発揮された方がカタルシスを得やすい)．

以上，Human Computationや集合知生成システムのインセンティブ設計には，「価値観共有型」と「副作用利用型」の二種類がある，というお話．

最後に，ここまでの議論をもう一度軸を変えて見てみると，以下の二つのことが言えるだろう．

Human Computationを実現したい，集合知を得るシステムを実装したいという場合は，参加者がシステム提供者と価値観を同じくすることを前提とするのではなく，参加者のインセンティブとシステム提供者の目的とが独立であり副作用としてそれが繋がるような設計が良いのではないか(←検証されている訳ではない．第一，Wikipediaは成功していることになっている!)．但しそのような設計は，価値観共有型と較べて，非常に優れた工夫が必要となる．

一方，利用者(処理をアウトソースされる側)の人間から見ると，そのシステムの提供者(アウトソースする側)の目的を理解し共感しているタイプと，そのシステムの目的さえ知らずにしかし結果として協働しているタイプの，二種類のHuman Computation／集合知生成システムが存在する．どちらが利用者にとって望ましいかは，この場では不明である．

---

というのが本エントリの主張．嘘か本当かは，知りませんw

さて，ここら辺から辿って，年末にでも勉強しますかね…
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091211014809/</link>
			</item>
	<item>
		<title>集う2.0</title>
		<description>衝動的にぐぐってみたら驚いたことに何も出てこないので，ここで権利確保(笑)．

「集う2.0」

realityではなく．fidelityではなく．

一緒にいる，一緒になにかをしている．フィクション感とともに．

同室感．

距離を超えて，時間を超えて．
規模を超えて．long tailを超えて．weak tieを超えて．

ニコニコ動画．擬似同期．フィクション感．
twitter．非対称．一方的．選択的同期．フィクション感．
過去再生．疑似同期．フィクション感．

個人の空間(「スタジオ」)．スケールする重ね合わせ．

インタラクションが成立しない相手との協調・協働．
インタラクションが成立しない原因は，距離，時間，規模，非同期，一方的，異文化，…

対称性重要．
(対称性が非対称なものを許容する)

コミュニケーションのかたちが技術により変容する中，そこで，集い，協働するということはどういうことなのか．

インセンティブ設計重要．
(使ってもらう．“人”も使う，Human-based computation)

要素技術の探求(だけ)ではなく，それらの技術を適切に統合し人々に新たな経験を与えるアーキテクチュアルな思考．

「集う 2.0」の，デザイン・実装・評価・理論

(随時更新中)
---

よし，これでいこう! … て，あの人達には通じないよな，どう考えても．ま，いいや．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091209235907/</link>
			</item>
	<item>
		<title>第1回ウェブ学会シンポジウム</title>
		<description>昨日は第1回ウェブ学会シンポジウム．

案内されていたプログラム構成の字面だけみると若干の不安感も漂い，どうしたものかと思ったものの，「行かずに後悔するより行って後悔(する方が良い)」の絢さん理論を久々に発動させて，行くことに．結果的には，これは行って正解．重要ではあるが下らないであろうこと必定の別件をサボって行った価値があった．いいもん見させてもらいました．関係者の皆様，本当にありがとうございました．

シンポジウム自体は，USTREAM録画とtwitterログのまとめが残っているので，残り香を味わいたい方は，こちらをどうぞ．
ケツダンポトフ - 「第1回ウェブ学会シンポジウム〜ウェブ研究・ウェブビジネスの新たな融合〜」をダダ漏れしました
	ハッシュタグクラウド - ログ 12月7日 ウェブ学会 #webgakkai
さて，以下，雑感．

プログラム構成は，当然100点満点とはいかないまでも，8割方は素晴らしい発表．明らかに問題だったのは若干1件くらいではないだろうか．あとは好き嫌いの範疇かと．まあ，(新しいものがないかわりに)現時点までの集大成的な話が多いので，ある意味，密度は担保されていたのかもしれないが．

発表者は，なるべく若く，現役でバリバリやっている人，という観点から選ばれていたように思えるが，その中で，Old Schoolを長尾真先生ひとりに代表させ，かつ，実はその長尾先生自身は，国立国会図書館長という新しい立場において現役として現場に立っているという二重構造を確保しているという… よくできている．

こういう場での東さんの存在は本当に価値がある．物事の見方や考え方や解釈の仕方を変えてあげることでその時代を生きる人の問題を解決するという哲学者の役割(←俺様定義 :)を，確実に果たしている．東さんの言葉により，対象となる議論が空想的だ衆愚だプライバシーだ(これはこれのとき)だといったところに落とされたまま這い上がれなくなるという事態から救われている．東さんの発言で個人的に響いたところは，以下の勝手抜粋と，東さん自身のtwitter再掲で．(哲学コンプレックスだからさw 後述)

「一般意志2.0」という言葉で僕が何を言おうとしているか． ...


Twitter / hiroki azuma: 英語で対応して言えば、ここでルソーははっきりと、十分 ... (reblog)


Twitter / hiroki azuma: ぼくの一般意志2.0論のエッセンスはすべてこの一文に ... (reblog)


Twitter / hiroki azuma: 懇親会で @eto さんあたりと話したときに言ったけ ... (reblog)


一方の聴衆はといえば，Google日本語入力を先日公開しました，という工藤さんへの拍手に尽きる．いい会場じゃないか．いやマジで．

会場ではtwitterの発言も見ながら講演を聴いていたのだが，あの流量は無理だ．少なくとも，更新が1分に1回のツール(クライアント)では，どうにもならない．もう一段のブレイクスルーが必要か．あと，twitterを自分のメモ書きに使ってみようとも思って試みはしたが，これも破綻した(笑)．

twitter発言の中で一番私の心を捉えたのは，豊田さんが検索エンジンスパム(SEO)用に作られたリンクファームの構造を可視化したものに対して言われた，この発言．
ほー工場萌えの一種？ #webgakkai --- Twitter / 駄目人間（botもあるよ→@damebo
機能合理性を追求した結果が別の形で美しさを生むという意味では全く一緒．これは卓見だわ．その他多くの人は「菌みたい」とか言ってたが，まあ，それもある意味同じことではある．

個人的に，可視化というのは，どうも好きになれないというか素直に敬意を表せない(笑)研究分野なんだが，豊田さんのは例外的に，ぐっとくる．豊田さんが操作(インタフェース)の人でもあるということと，対象がWebであるということが当然あるのだろうが，他にも何か違うものがあるのだろうか．

そうそう，インタラクションとかユビキタスの研究分野(の研究者)って，アートコンプレックスとかデザインコンプレックスな人が結構いて，その人たちの存在がいろいろな形で研究に陰を落としていたりするんだけど，昨日，twitterのTL等を見ていて思ったのは，ああいう場になると，技術コンプレックスとか実装コンプレックスとか政治コンプレックスとか哲学コンプレックスとかビジネスコンプレックスとか，ほんと色んな人がいて，それらの人々が思わずその心境が滲み出るよう発言をしていたりして，非常に興味深い．

こういう時のtwitterのTLであるとか，あるいは自分がそれなりに分かっている分野のニュースを対象とした2chの(特に)ニュー速系のログとか見ていると，「訳の分かっていない」「素人が」「ピントのずれた議論」をしてるのが「目に余る」わけだが(笑)，しかし実は，それらの人々こそが，「世間一般」であり，ビジネス云々を言うのであれば「お客様」であるし，あるいは「仕分ける側の人」である．であるならば，この乖離感を何かポジティブな方向に使う手立てはないのだろうか？ とも思う．これは大きな課題．

一部で，結局何から起算して「ウェブができて約15年」なの？ 問題も言われていたが，1st WWWとW3Cが出来てから15年なので，それでも良いのではないかと．:-)

以上，雑感おわり．

まとめると，仰ぎ見る空中戦の華麗さと，地上戦から生還した戦士が語る言葉の重み，その両方に触れた一日でした．改めて，関係者の皆様，おつかれさまでした．ありがとうございました．

 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091208235934/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Human Computation</title>
		<description>ことここに至っては，これはもう引き返せない道ですね．

	Labeling Images with a Computer Game [PDF] (2004)
	Podcastleとは - Podcastle.jp (2006)
	What is reCAPTCHA? (2007)
	Google Japan Blog: 思いどおりの日本語入力 - Google 日本語入力 (2009)


しかしこれはCSの勝利なのか敗北なのか(笑)．

以下，自分メモ用参照リンク．

	Human-based computation - Wikipedia, the free encyclopedia
	Human Computation Workshop (HCOMP2009)
	Luis von Ahn's Home Page
	Human Computation (Google videos --- Google TechTalks --- Luis von Ahn)
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091204140953/</link>
			</item>
	<item>
		<title>スパコン</title>
		<description>スパコンの話はねえ．さんざん悩んだ複合型が無くなったことが無かったことになるとか，尾身さんのあれだからとか，財務省的・民主党的に突っ込みたくなる下地が十分に熟成されてますからねえ．あれは仕方ない．

でも，10PFLOPSや世界一が自己目的化している，とか言われても，これまではそれがミッション(の重要な一部)だったんだから，いまさらそれをひっくり返されるのは可哀想だよな．可哀想というか，正確な言い方をすれば，ミッション設定をひっくり返したことで生じる不具合の責任を現場に問うのは間違っている．で，今回は，世界一好き好きでそれを煽っていた(主導していた?)人たちの一部が退場したから「仕分け」になった訳で．いずれにせよ，それも含めて，あれは仕方ない．

で，どうすればいいかといえば，これからアーキテクチャ・デザイン・コンペをすればいいんですよね．

三顧の礼をもって(でも当然だが勝てる保証はない)，TSUBAMEなチームやT2Kなチームや(元)GRAPE関連の人たちに参加してもらって．その他，富士通，NEC，日立とか．あるいは，IBM, HP, SGI, Cray, SUNとか．そしてもちろん，理研の設計チームもね．(建築だと設計と施工は普通分離されるけど，ITはそうじゃないのな．)

指名コンペでも公開コンペでもどちらでも．いろいろ支障もあるだろうから，審査の内容は決定時には非公開，ただし5年後とかに過程も含めてすべて公開，とかにして．

という思考実験をすると，いろんなことが思い浮かびます．

まず理研が施主かつ設計者なんだけど，そこは中ではどう処理されてるんですかね？ とか．

また審査の基準を決めないといけない訳ですが，これを作る目的が，スパコン利用者に高い計算パワーを提供することが主目的ならばflopsが高くてバンド幅が大きくてプログラミングが容易な(＋コストが低い)提案を採用すべきでしょうね，とか．

そもそも審査員を誰にするかを決めないといけない訳ですが，真っ当に考えれば，審査するのはHPCのユーザ(計算する人)とお金を出す人ですよね，とか．

あるいは，日本のスパコンアーキテクチャ研究推進が主目的なら「デザインチームは国内チームに限る」でしょうし，産業振興が主目的なら「製造(施工)は国内メーカーに限る」んでしょうね，とか．

ということで，ことの本質はそんなに複雑ではないですよね．一見ヤヤコシク見えるのは，しがらみとか経緯とか虻蜂取らずとかグランドデザインの欠如とか，そういうことである，と．何か目的なのか，目的が複数あっても虻蜂取らずにならないためにはどうすればいいのか問題については，まさしくそこが知恵の出しどころであり，ちゃんと考えないといけないのですよね．

以下，雑感．

	世間は相変わらず素人談義全開ではあるが(俺もだ!)，その中では，西和彦さんがここで言ってることが妥当真っ当かと．やっぱ優秀．
	SPARC64 VIIIfx (Venus) どうなんだろうなあ．エコHPCが日本の目指す道，とか，そーゆーのはないんだろうか．
	x64にしてもGPUにしても，HPCユーザはデスクトップ用の流用で安くて高性能なものが欲しい，メーカーはHPC用のより高性能で高価な製品ラインを売りたい，という風に意識が分離しつつあるようだけど，どうなんだろ？ 歴史をみるならば，前者が勝つに決まってるのだけど，デスクトップ用途は，今後あまり性能上がらなそう(上げるインセンティブが低そう)だからなあ．
	神戸の建物は「3階建て」とか(それは批判のつもりか?)言うならまだしも，あれは縦にケーブル通すつもりの3階建てとか言い出す人までいて，訳わからん．そうなの？＞3階建て．リアル三次元のインターコネクトとか，それはそれで面白いけど．3階建て言うなら，ESだって3階建てですがな．ソースはデイリーポータルZ(笑)．(まあ一応こっちも)
	TOP500に載せてないマシンの分布はどんな感じなんだろうね．実はトヨタを筆頭に，自動車，造船，製鉄とかのプライベートマシンを入れると，計算パワー合計では日本が2位だったりして．ありそうななさそうな話…

 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091127124837/</link>
			</item>
	<item>
		<title>MH-JP</title>
		<description>昨日(19日)は京都．近鉄にも乗らず，奈良交通バスにも乗らず．京都駅前だと，ほんとうに楽だわ．

出掛けた用件は，SINETサービス説明会にて活用事例報告．これで勘弁して貰えるかな．それとも，もう少し身体で払わないといけないかな…

会場内休憩時間では，そこここで「仕分け」という単語が．やっぱりあれは，みんなのハートをがっちりキャッチ，ですね(笑)．いやまあ，なんというか．

と，その話ではなく，休憩時間における一大トピックは，はやしさんとの初対面．

「高田さん，以前にMHとかやって…」「はい」「はやしと申します」「どひー」みたいな．

メールのやりとり(MH-6.8-JP.1 document)から，17年経って，初対面とは．まだまだ世の中には未見の人がいるなあ．:-)

はやしさんは，一応まだ，MHを使っているそうです．

私は，多分，MHを使わなくなってから10年近く経っているのではないかと…

ちなみに私自身のMH後の変遷は，Wanderlust ＋→ GMail → Thunderbird かな．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091120171841/</link>
			</item>
	<item>
		<title>禍福は糾える縄の如し</title>
		<description>セブン銀行のATMから出金したけど，お金を取り忘れた(確信度85％)
↓
翌日セブンイレブンに行くも，駐車場がないのでコインパーキングに入れる
↓
駐車するとき，車を何やら突起物にぶつけた
↓
よくよく見ても，車は無傷だった(丈夫だ!)
↓
出庫しようと思ったらパーキングの精算機がメンテ中．メンテのお兄ちゃんが「内緒で」といいつつタダで解除してくれる
↓
ATMのお金は取り忘れと認識され，ATMに再取り込みされていた

以上，すげえ小さな禍福でした．(積分値はゼロなのだろうか？)

しかし，最近の惚け具合は，いよいよまずい．

多分，微少梗塞か何かで，脳がどんどん死んでいってる気がする．

こないだ，卵をキッチンの流しに割り捨てたときは，さすがに自分自身に愕然とした．

そして今日は携帯を忘れた．しくしく…

しかしATMへのお金の置き忘れですが，一定時間お金を取らないとATMに取り込まれるのは知識としては知ってたけど，口座処理的には，出金→返金，ではなく，出金自体がなかったことになるんですね．お金が出てくるところのシャッターが閉まった時点でトランザクションが完了するのか，はたまた，出金のトランザクションはその前で一旦完了しているけど，それを「取り消す」という処理があるのか… 出金の一部取り忘れ，の場合はどうなるんでしょうね？

上に書いてあるように，今回の件は，セブンイレブン／セブン銀行のATMだったんですが，セブンの店員(たぶんバイト)とセブン銀行(テレホンセンター)の対応は極めて真っ当でした．そういうところは，ちゃんとしてるんですね，セブン＆アイ．

nanacoもクレジットカードチャージのアイワイカード縛りがなくなれば，いくらでも使うのに．そういう囲い込みはやめてください! ほんとに．

とか言っても，そのうちEdy使いにも楽天カードと楽天銀行(イーバンク)口座必須になっちゃうのかね．囲い込むのではなく，例えばこういう(参考：楽天が&#34;Edy&#34;を買収する意味｜堀江貴文オフィシャルブログ「六本木で働いていた元社長のアメブロ」)プラスを増やす方向で勝負して欲しいよなぁ．

さてこれから，現時点で一番不快な囲い込まれ例であるところのJR東海エクスプレス・カードにて新幹線．こーゆーのはいざとなったら真っ先に切ってやる．うまくいったと思うなよ．福禍は糾える縄の如し．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091119173942/</link>
			</item>
	<item>
		<title>子供の個性とか創造性とか</title>
		<description>子供の「個性」とか「創造性」って，いつから言われるようになったんだろう？

少なくとも私自身が子供の頃は，言ってなかったし，言われもしなかったと思う．

まあ，衣食住足りない状況下では，子供の個性も創造性もへったくれもなかったであろうことは想像できるが．

というわけで，10分間ぐぐる先生教室開始．… 終了．


1976年 教育課程審議会 …「創造性の育成」
1977年〜78年 学習指導要領 告示 …「ともすれば知識の伝達にかたより、児童生徒の調和のとれた発達がおろそかになる傾向にあるので、この現状を改め、自ら考え正しく判断する力を養う教育への質的転換を図る」「個性や能力に応じた教育を行う」
1983年 中央教育審議会 教育内容等小委員会審議経過報告 …「個性と創造性の伸長」
1985年〜87年 臨時教育審議会 …「個性重視の原則」「創造性・考える力・表現力の育成」
1987年 教育課程審議会 …「新たな発想を生み出すもととなる論理的な思考力や想像力，直観力などを重視しなければならない」
1989年 学習指導要領 告示 …「個性重視の原則」


てな感じですか．

で，なんか嘘くさいんだなあ，この文脈の個性とか創造性って．何かから逃げてるんだよ，これは．きっと．

「修・破・離」とか持ち出すまでもなく，最初は習うことだし型にはまることだし単純な反復を繰り返すことだと思うんだが．

大人の世界において，システムとか制度とかの駄目駄目さから目を逸らして，「イノベーション」が全てを解決する，とか言ってるのと同根のような気がする．

でも，(子供の個性と創造性を言うことで)何から逃げようとしてるのかが，よく分からない．子供が退屈な勉強から逃げ出したいというのはよく分かるが(笑)，これは，それを言うことで大人が何かから逃げているのだから．

以上．結論はない．



ぐぐる先生による参照リンク．
http://ja.wikipedia.org/wiki/学習指導要領
http://ja.wikipedia.org/wiki/臨時教育審議会
http://www.center.ibk.ed.jp/contents/kenkyuu/houkoku/data/034/003.htm
http://ci.nii.ac.jp/naid/110001824712/
http://www005.upp.so-net.ne.jp/yosenabe/rinkyousin.htm
http://cert.shinshu-u.ac.jp/gp/el/e04b1/class12/12shiryou-1.pdf

(臨教審のところで「教育の自由化」問題が「教育の個性化」にすり替わったという，政治的にはよく分かるが意味的にはまったく分からないことが起きたと書いてあり，非常に怪しくもあるが．:-)



触発された記事．
(こういうところで，うまくtumblrと連携させられないかなあ…)

2009-11-03 - カルトvsオタクのハルマゲドン／カマヤンの虚業日記

今年は教えにくくて成績の伸びない、しかしバカではない生徒が複数いる。こいつらは下手に自分の頭で考え、作業を作業として行なうということができない。下手に考える以前に作業を作業として行なうことにより身につけないとならないことが基礎学習においては存在するんだが、こいつらはそれができない。こいつらは受験に失敗する。


2008-10-07 - てれびのスキマ

談志の言葉

型ができてない者が芝居をすると型なしになる。メチャクチャだ。型がしっかりした奴がオリジナリティを押し出せば型破りになる。（略）結論を云えば型をつくるには稽古しかないんだ


 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091108025436/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Great Invasion</title>
		<description>ここ1〜2ヶ月の自分のlivedoor Reader経由で読むweb feedsの低調さは質・量ともに異常．

いま，(面白い)アウトプットは，みんなtwitterに流れてるんだなあ…
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091106215851/</link>
			</item>
	<item>
		<title>大きな3人の陰</title>
		<description>棚卸しがてら，2年前に書きかけたPerfumeネタでも再利用してみますか．文章の時制を書き換えたりして…

------------

ひとつだけはっきりと言えるのは，YouTubeやニコニコ動画がなければ私はあのときPerfumeのCDは買わなかっただろう，ということ．いやひょっとしたら，今でも買っていないのかもしれない．

それは2007年8月．それまで断片的に見聞きし頭の中にぼんやりとあったいくつものパーツ，例えば，ロボ声，ヴォコーダー，AutoTune，ハウス，エレクトロ，テクノ歌謡，AC，NHK，アイマス，サマソニ，… それらがあるとき，見事にひとつのものとして繋がった．きっかけは，「アイドルはひとつの運動である―ニコニコ動画のPerfumeサマソニ音源によせて - ニート☆ポップ」を引用・紹介した誰かのネット文章(だったはず)．

(正確に言えば，「アイマス」だけは最後の最後まで何のことだか分からなかった．まさか，Perfumeとは本来なんの関係も繋がりもないゲームだったとは．分かんねーよ，そんなの :-)

ちょうど夏休み時期だったこともあり，見まくりましたよ．YouTubeとニコ動．

そしてもうこれは買うしかない!!! ということで，YouTube／ニコ動を見て聴けると判断した曲とCDタイトルの突き合わせをネットでよくよく調べた上で(こういうことがすぐに分かるのが素晴らしい)，「Complete Best」と「ファン・サーヴィス [sweet]」を買えば十分であることを把握し，カチカチ → Amazonからの荷物を待つ! → 着いた!!! ということに．

まあ実際に音だけ聞いてみると，やっぱちょっと，リニアモーターガール以前は体が受け付けませんでした(笑)．許容の範囲が狭くて申し訳ない．いや，どれも一部サビメロとかは好きなんだけどね．全体の曲としてはどうも… 本当にすまん(誰に謝ってんだ :-)．

ということで，iTunesでプレイリストを作成．考えた結果，

コンピューターシティ
エレクトロ・ワールド
Twinkle Snow Powdery Snow
パーフェクトスター・パーフェクトスタイル
チョコレイト・ディスコ

で決定(これだけかよ!)．

(実際には，エレクトロ・ワールドがアルバムVer.だとイントロが邪魔なので，エレクトロ・ワールドのシングルを追加購入．本当はDVDのPVから音声トラックだけ持ってくれば足りるんだけどね．でもちゃんとシングルを買う，偉い私 :-)

いやもう素晴らしい．特に2曲目から4曲目の繋がりは無敵．まさに黒い三連星，ジェットストリームアタック．

特にエレクトロ・ワールドは，いつどこで聞いても目頭が熱くなるんだよな．もちろん曲が素晴らしいからなんだが，加えて例のスペースシャワーTVの動画を見過ぎた後遺症でもある．
【YouTube - 掟ポルシェとPerfume　畳二畳のエレクトロ・ワールド】

正直，ポリリズムは駄曲に入ると思うんだが，SEVENTH HEAVENが素晴らしいので結果OK．あとは，Baby cruising Love/マカロニ以降，出る曲出る曲，もちろん全て許容範囲内です．全部買ってます．当然です．素晴らし過ぎます．という訳で，このプレイリスト6曲目にポリリズム，7曲目にSEVENTH HEAVEN，… 以降全て追加され今日に至る，みたいな．

本人の言い分はいろいろあるだろうが，明らかにPerfumeのストーリーは，中田ヤスタカの成長物語でもある．

------------

それにしても，いつの間にやらニコ動は削除祭りの後なんですね．なにやってんだか，×××．しょうがないのでYouTubeで再建策，ん？ 再検索．ま，とりあえずこんなもんか．

【YouTube - Perfume 10分でわかるデビューからのチャートアクション】
【YouTube - 道夏大陸 Perfume 編 1/2　?20分でわかるPerfume】
【YouTube - 道夏大陸 Perfume 編 2/2　?20分でわかるPerfume】
【YouTube - Perfume - SEVENTH HEAVEN（MAD）】
【YouTube - Perfumeの客の振りを再現。背中から見た感じﾈ】

【YouTube - Perfume vs ...</description>
		<link>http://d.communisense.com/20091102042845/</link>
			</item>
	<item>
		<title>合ってなくもない…</title>
		<description>
青山
　…
　95年ごろにHPを作っていた人たちって、電機連合で本業に不満を抱えている人たちが多かったと思います。実はソニーや日立に勤めています、というような…。

― 勝間和代「目立つ力」インターネットで人生を変える方法 小学館｜「αブロガーへの道」座談会全文掲載 1/3 (via otsune)

情報労連も入れてください．(笑)
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091020025815/</link>
			</item>
	<item>
		<title>マッチの有識者とポンプの有識者は違う有識者 (たまに入れ替わる)</title>
		<description>
国交省によると、安全対策を検討する有識者会議でチャイムやメロディー音も検討されたが「静かな住宅地で車からそうした音が鳴るのは違和感がある」などの意見が多数を占め、ガソリン車のエンジンに似た音を同じくらいの音量で発することが最適と判断した。

― ＨＶにエンジン類似音装置　国交省が義務化の方針 - 47NEWS（よんななニュース）

何が有識者会議だか．相変わらず下らないことやってますね．どんな音が最適か，なんて，自動車メーカーに任せれば，よい音を作るべく，必死になって競争する気がするけど．気づきやすく不快でない音とか，路上ではよく聞こえるが建物内に進入しにくい音とか．変な音がする車なんて買わないよね．あ，でも，DQN(もう死語?)特別仕様走行音車とか出て結構売れちゃったりするのかな．それは困るな．:-)

だいたい国交省はいまだに，LEDのDRL (Daytime Running Lights)が良いとか駄目とか，いちいちそんなことに口出してんじゃねーよ，と思います．(Audiのアイラインぽいあれとか，BMWのcorona ringsとか．あれ本国ではDRLですが，日本ではポジションランプに変えられています．)

その一方で，

国土交通省、昼間走行灯の義務化是非を検討

　国土交通省は、自動車の視認性向上を目的とする昼間走行灯（ＤＲＬ＝デイタイム・ランニング・ランプ）の義務化に関して、安全上の効果検証を徹底する。… 同省では、欧州での規制や事故状況、国内での二輪車との共存方法を検討するなどして、ＤＲＬの義務化の是非を慎重に検討する。
…
　ＤＲＬは、一部輸入車には標準で装備されているが、日本仕様車では機能を制限し、夜間のみ使用できるよう改められている。また、自動車運輸業界などが自主的に装着している市販品についても、検討結果によっては、技術要件などの見直しに至る可能性がある。

― 国土交通省、昼間走行灯の義務化是非を検討｜GAZOO.com

とか．マッチポンプですかそうですか．

かくいう私の車は非日本的仕様なので，ライトをAutoにしておくと，もう夕方4時？とか，ちょっと雨降ってます，くらいで煌々とライトが光り輝きます．気に入ってます．:-)
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091020021346/</link>
			</item>
	<item>
		<title>インセンティブと性格の奴隷</title>
		<description>
数字と感情で人は動きます。
理屈では人は動きませんし、動かせません。

― 年収200万円以下の私が思う事 - ラグランジュ・エイト

これって微妙にずれた捉え方をしてる人がいるような気がするけど，言ってることは，


人はインセンティブと性格の奴隷である (p.1)

― 会社は頭から腐る (冨山和彦)

と同じことを別の角度から見たものですよね，たぶん．

話は変わりますが，私の住んでいるところは，数年前に家庭ゴミが有料化されました．そのとき，いわゆる地域系BBSを読んでいて思ったのは，やっぱ，人間，金だな，ということです．

BBSに出てくる人が，「一袋○円でこんだけしか入らない．ゴミを分別しないといけない．たいへんだ．めんどくさい」とか何とか文句を言ってる訳ですよ．つまり，それまでは資源ゴミも何も関係なく可燃と不燃だけで(たぶんそれもいい加減 :)捨ててたような連中が，自分の財布に手が掛かっただけでゴミの分別をするようになる(それも1回あたりで言えば数円とか十数円の金で)．私は自治体の関係者でも何でもないですが，「有料化して良かった」と，BBSを読んでいて心からそう思いました(笑)．


ひとりの人間も、集団としての組織も、インセンティブと性格の奴隷である (p.22)

― (同上)

ですよ．いやほんとに．

以下，ついでなので，もう少し引用．この本，第1章はたいへん読ませるのではないでしょうか．:-)

ほとんどの人間は土壇場では、各人自身の動機づけの構造と性格に正直にしか行動できないという現実であった。そこには善も悪もなく、言い換えればインセンティブと性格の奴隷となる「弱さ」にこそ人間性の本質がある。(p.5)


インセンティブとは、働く上で何を大切に思うのか、人それぞれの動機づけされる要因である。… このインセンティブは、人によって違う。また、同じ人でも人生のステージによって変わっていくものである。ここには、能力の優劣はまったく関係ない。(p.26)


そもそも、経営が送り出すメッセージに対して、ただちに心から反応し、動機づけられて行動する人間は多くない。経営者がそのメッセージをどこまで本気で送っているのか、… まずは値踏みモードに入るものである。こんなとき、人々は経営者の本音が最も出る部分、すなわち人事、それも制度ではなく固有名詞の人事を見ている。(pp.31-32)


一人ひとりの動機づけ，すなわち自己益というもの。企業組織として動機づけられている方向性である組織益。最後に社会全体の有する動機づけ、すなわち社会益。これら三つが根本的なところでシンクロしているのか。私たちは常に自問自答し、それらをいかに同期させるべきかを追求し続けなければならない。(p.32)

― (同上)

なんか，民主党政権とか，官僚とか，予算とかのネタ書くときにも十分使えますね，この引用．:-)
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091019024534/</link>
			</item>
	<item>
		<title>セールストーク</title>
		<description>読み流しちゃったので出典がもう分からないのだけど，思いっきり自戒を込めて，メモ．
(記憶に頼って書いてるので，たぶん何かしら表現が違ってます．元の記事はWebのどこかで読みました．分からずに書いてごめんなさい＞元記事の人)

曰く，物やサービスを売り込もうとするときに言うべきことは，

	経営者には，「安くできます」「コストを下げられます」
	現場の人には，「簡単に使えます」
	「なんでもできます」は一番駄目


おっしゃる通り．

結局，使ってもらえる，ものづくりの全ての指針はこれなのかもしれない．個人で物買うときだって，(お金を出す)経営者と(使う)現場の人の二人の人格が自分の中で会話してるよね．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091017024956/</link>
			</item>
	<item>
		<title>殺して食べます</title>
		<description>マイミクさんの日記にアサリの話があったので…

日常的に自らの手で(自分の家のキッチンで)命を殺めて食べるものって，アサリとシジミとハマグリくらいだなあ，って調理してていつも思う．

他に自分が最低1回でも経験があるのは，ホタテとカキとエビとカニとアジ(だったかな)くらいか？

自分で魚を釣る人は，魚の経験も豊富なのかな．

野菜は自分で畑から取ってくることもあるけど，植物の死の定義がよく分からんので，この文脈ではパス．(ベジタリアンにも，茎や根や葉も食べる人と，果実しか食べない人がいるよね．でも，果実食うのと卵食うのは結局何が違うんだ，とか思うけど．)

生鮮とか言いつつ，スーパーで売ってるほぼ全てのものは既に死んでる，ってことだね．

関係ないが，なんで魚介に限って天然物がことさら重要視されるのだろうか？ 肉や野菜は，普通食べてるのは全部「養殖物」だろうに…

「いただきます．」
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091016041403/</link>
			</item>
	<item>
		<title>疑似tumblり (その1)</title>
		<description>Tumblr使うかわりに日記でやるコーナー，その1．(続くかどうか不明)

---------

「はてブつまらない」「はてブ見ない」アピールはネット依存型中二病の始まり - しなちょうメルクマール - 熊手部

Twitter / 津田大介: 「テレビつまらない」「テレビ見ない」アピールはネット ...
「テレビつまらない」「テレビ見ない」アピールはネット依存型中二病の始まりですね。
＞「弾小飼つまらない」「弾小飼見ない」アピールはネット依存型中二病の始まりですね。
なるほど。
いろいろとメジャーなものを入れてみるとそれっぽくなるなあ。


で，
「…は中二病の始まり」アピールはネット依存型中二病の始まりですね。
で完結，と．

一生やってろ．ばかばかしい(笑)．

---------

拡張現実(AR)ゲームと道路使用許可 - Keep Crazy;shi3zの日記

AR鬼ごっこを秋葉原で開催していいかどうかということについて、さきほど万世橋警察署の交通課の方と話をしました。

一般的な鬼ごっこの場合、走るとか走らないとか無関係に許可は不要だが、いくつか注意事項があるとのこと。

        * 少人数である(不特定多数の人間をあつめない)
        * 通行の妨げにならないこと
        * ゼッケンを付けたりコスプレをしたり等、目立つ格好をしないこと(腕章はOK)
        * 観客を集めたりしないこと

という条件のもとであれば、鬼ごっこを路上ですること自体を規制する法律はないとのことでした。

ただ、これはこの交通課の警官さんの私見なので、実際に目立ちすぎるようなことがあれば職務質問をされたり、厳重注意されたりする場合が考えられますが、原則として大丈夫とのことでした。


この日本の管理されっぷりは，もう絶望的だと思う．

といって嘆いているだけではしょうがないので，どうすれば良いか考えるに，警察が国家管理が自由が人権がどうしたというのではなく，逮捕されたり家宅捜索されたり起訴されたり不起訴されたり有罪になったり無罪になったりということを糾弾しない風潮を作るしかない，と思う今日この頃．

でもそれが一番難しいんだけど．

実際，

今週末の土曜日、ヒマで死にそうなiPhoneユーザの方、また秋葉原で鬼ごっこしませんか? - Keep ...</description>
		<link>http://d.communisense.com/20091015182037/</link>
			</item>
	<item>
		<title>国民総営業社会</title>
		<description>五輪東京落選．

「石原老害」とか「税金返せ」とか言ってる分にはお気楽な話で相変わらず今日も平和な日本な訳だが，この情景の一部を我が身に照らして見ると暗澹たる気分になる．

いろんな人がいろんな言い方をしているのだが，比較的分かりやすい例として，これを引用．

で、東京は五輪招致活動を続けるのだろうか。: 見物人の論理

　財政、設備、運営技術、安全性といった面で、東京（あるいは日本の主要都市）に充分な開催能力があることは、おそらくIOC評議員の多くが理解していることだろう。だが、五輪開催地はそれだけで決まるものではない。北京で五輪が開催されたことも、単一競技の大会ではあるがサッカーのワールドカップが南アフリカ共和国で開催されることも、石原都知事が言うような面だけではない別の理由によって決まっているはずだ。
　それを広い意味でいえば「政治」である。長年政治家として生きてきた石原都知事がそれを理解していないというのは解せない。ついでに言うと、「南米で初の五輪を！」という単純で骨太の呼びかけが、どれほど理屈抜きで人の心を動かす力を持っているかについて、政治家より長く文学者として生きてきた石原慎太郎が理解していないらしいことも解せない。文学者というのは人の心を動かす専門家ではないのだろうか。

(以下，「と、都知事に対する嫌味はこのくらいにして、少しこの先のことを考えてみたい。」と続くように，引用部分の冷笑的表現は元記事の本質ではないことを注記しておきます．)

共同体に所属していれば半自動的に役割が与えられていたような時代はもう来ない．今日び人間生きていくためには，ほとんどの局面でセールスマン(NPC wordだな)たる必要がある．

日々の糧を得るには，自分の能力／技術／属性あるいは自分が創造／創作したモノ／コトを他人に売り込まなければならない．幸福な生活や生殖のためには，自らの人間的魅力やら性的魅力やら前文と同様の項目(やっぱお金よね，とか :)を，そして他者からの認知が人間にとって生きていく上で不可欠なのであれば，自らの人間性そのものを，セールスする必要がある．

そしてセールスマンとして勝つためには，みな，
・売り込む「商品」そのものの優秀性
の向上に励めばよいだけではなく，
・政治家としての能力
・文学者(物語を作る／人の心を動かす者)としての能力
に長けていなければならない．

いやそれは，当たり前のことで，皆，日々そうして暮らして居るんだけれども(論文通すのもファンド取るのもプロダクト売るのも商売やるのも彼氏・彼女作るのも就職・転職するのもポスト・ポジション得るのもみんなそう)，改めてそうなんだと言われると，暗澹たる気分とまではいかずとも，まあ，正直しんどい，というのが偽らざる心境なのだ．

P.S. 
みんながみんな，本当にしんどいと思うようになったら，そうしないで済むような「大きな物語」が復活するのかな?
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20091006124823/</link>
			</item>
	<item>
		<title>未来を描く</title>
		<description>なんだか分からないけど，ホンダのU3-Xって，劣情を催し(?)ますよね．見ると何かひとこと言わずにはいられなくなる．「これ一輪でどうなってるの？？？」的な直接的疑問から，「ホンダ(日本)すげえ!」あるいは「結局セグウェイ(欧米)のパクリ改良かよ」みたいなメタ言辞まで，それはもういろいろと．(長尾先生のブログも突然再開してるし)

ということで，私もひとこと．

ホンダとかトヨタの一連の(次世代?)モビリティものを見ると，そこから未来が見えるよう，ちゃんと考えられているよなあ，っていつも思う．

つまり，

  このようなモビリティが将来，社会で必要とされること
  その要請に応えることが産業として成立すること (たぶんこれが一番重要)
  その産業の中で自らが主要なポジションを占めるという強い意志を示し，それを裏付けるもの(技術)を作ること
  上記三つをステークホルダーに納得させるプレゼンテーション／デモンストレーション

が，きちんと揃っている，と．

この中で一番重要なのは，単にその会社のその技術(製品)が売れたり普及したりということではなく，一企業に収まらない産業としてそれが成立する情景を示すことだ．ゴールが&#34;EXIT&#34;であるようなスタートアップ(おそらくは，面白かったり尖っていたりオンリーワンであったりすることが重要視される)と，大きな会社が未来を語るときの，最も大きな違うべき点はそこだろう．

ある製品／サービスを普及させるという話だと，当人以外は全員顧客候補となる訳で，そこから寄せられる感想は「幾らなの？タダなの？ 発売／サービス開始はいつなの？ でそれであんた儲かるの？(一部VC目線)」でしかあり得ない．一方，産業が創生されるのであれば，自らもプレイヤーの一部だという視点での「俺も儲かるの？ 俺に何ができるの？ じゃ何しようかな？」という注目を集めることができる．つまりは，ビジネス像じゃなくてエコシステム像を言うべき，ってこと．

上の話の「モビリティ」を「コンピュテーション」に置き換えた場合，Google, Amazon, Apple, 半周後れて Microsoft, Yahooあたりが，いま，クラウド的な何かを示すときも，やはりこの構成をしっかりと抑えているように思う．

では対象を「コミュニケーション」にするとどうなるか．残念ながら，すっきりとした話をここ最近聞いたことがない．おそらく何かがどこかで捻れている．

「メディア」??? まず一旦バラして…の真っ最中なので，次の画を描くのは，もう少し先なのか．

このように未来を見せることに，奇をてらったことは何一つ必要ない．使うのは，ニーズ，ビジョン，ミッション・ステートメント，コア・コンピタンス，といった伝統的手法で充分(というかそれが正道)．あとは，いかに考えずに，いかに考えるか，ということに尽きる．しがらみとか過去の経緯とか先入観とかの余計なことを考えずに，多様に深く何手先までも考え尽くす．ほんとうは皆それを分かっているんだと信じたいけれども，なかなかねえ…

もちろん，きれいに描けていることと，それが将来現実のものとなることは全く別であり，実際に何がどうなるかなんて誰にも分からない．でも，それでもちゃんと描きたいし作りたいよね．

以上，友人達からの私信の返事に代えて．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090930235614/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Googleの神様視点は(今のところ)動体視力に欠ける</title>
		<description>(前の記事の続きです)

神様視線があれば，持ってる人と欲しい人が分かるのだから当然マッチングしてあげたくなる，それって広告モデルそのものだよね，というのが前回のお話．

さて，不況と産業構造硬直化と雇用縮退に悩む日本に住む人間としては，このマッチングのメカニズムを労働市場にも適用できないのかなぁ，と当然思う訳で…

といいつつ，真っ当なことを考えても面白くないので，ここでは少し趣を変え，ハローワーク的パーマネントな雇用が理想である式の労働の話ではなく，育児や介護におけるファミリーサポート的な(高校生のベビーシッター的と言ってもよい)，出来るときに出来ることをする／してもらう，時間切り売り的な労働，のマッチングについて考えてみる．

もし「神様視線」から，いまどこで誰が何をして欲しいか，そして，いまどこで誰が何が出来るか，を見通せるのであれば，単純にそれらの間でマッチングを取るモデルを作れば良い訳だが，そのようなモデルは，まだうまくいっていないように見える．(うまくいってる実例があったらごめんなさい．)

なぜうまくいかないのか？ それを説明する仮説が2つ思い浮かんだので書いてみる．

仮説その1．「モノ」と「コト」問題．

して欲しい／出来る，というのはモノではなくコトである．人間，モノの交換や売買には慣れ親しんでいるが，コトの交換や売買に馴染みがないため，うまくいかない．しかし，労働も，一旦，「ジョブディスクリプション＋契約」とか「サービス」という形で「モノ化」されると比較的容易に商品となり得るので，それらはいずれ神様マッチングモデルの配下に収まる．

(うーん，いまいち．というか，この方向の整理がまだ頭の中で不十分)

仮説その2．「いま」の精度問題．

前の記事で書いたように，地理的に分散した対象のある時刻での状態を一点で把握することは通常不可能である．Googleの神様視点は偽神様なので，ある時刻ではなく，ある時間区間での状態しか把握できない．今のGoogleの場合，(サービスの種類や対象にもよるが)その時間区間の粒度は数日〜数ヶ月といったところがせいぜいであり，それが故に，労働の需要と供給のマッチング機能は実現できない．

(こっちの方がまだ芽があるかな．では，こっちで続きを…)

いまどこで誰が何をして欲しく，いまどこで誰が何が出来るか，を，ファミリーサポート的モデルでマッチングしようとするならば，その時間区間の粒度は数時間単位であることが必須だろう．今のGoogleは，どちらかと言えば世界規模の広がりをカバーすることに注力しており，時間方向の整理の粒度を上げることは後回しになっているように見える．

つまり，ここで足りないのは，皆の「いまなにしてる？」（あるいは「いまなにしたい？」）を見通す神様なのだ．

やっぱオチはそこかよ! というつぶやきが脳内にエコーするが，それはスルーするとして(笑)…

ともあれ，全ての &#34;beam&#34; を見通す神様視点を誰が実装するのか，それが勝負! なのだろう．そして仮にそれが実現されるのであれば，context-aware も life-log も sensor-network も ubiquitous-computing も，その大きな流れの一部に過ぎなかった，ということになるのだろう(か？ ←やや自信がない :-)．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090929181734/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Googleの神様視点</title>
		<description>Holodeckが「神の視点」かと言われると少し違うような気がするが，それとは関係なく，Googleというのは「神の視点」の実現を本気で目指した組織だ，と思う．

小説(劇作や映画も含む)界隈での専門用語に「神様視点」というのがある．多くの場合，それは，複数の登場人物の心理描写ができる，すなわち，全ての人の心の中が分かることを意味し，「神様視点」を用いることで，作中の複数の人物の視点からの描写が可能になる．

コンピュータサイエンスの分野においても，この「神様視点」という言葉が比喩的に用いられる．例えば人工知能のような分野では，複数エージェントの内部状態を知ることができる状態を「神様視点」と表現するケースがあるし，分散システムの分野では，物理的に異なる場所に存在するもののある時刻での全ての状態を知ることを，そう言い表すこともある．

こうしたものを含めて広義に「神様視点」を定義すると，「異なる場所にある，異なるものの，ある時点での様子を，瞬時に知ることができる」くらいが適切な表現だろうか．

そもそも「神様」というくらいだから，それらの行為は，通常，実現不可能なものだ．人の心の中は窺い知れないし，全てのエージェントの内部状態が取得可能であるケースは少ない．また，仮に状態の取得が可能であっても，対象が分散している場合，通信には遅延があり，ある瞬間にはエージェント内ではなく通信路上に状態(を遷移させるコマンド)が乗っていることもあり，ある時点でのシステム全体の状態を一点で把握することは，ほぼ不可能である．

とはいえ，なんとかして「神様」の立場に立ちたい人もいるだろう．

小説の場合，小説であるが故にそれが可能になる(テクニック的には難しいらしいが)．

コンピュータサイエンスの場合は，
・「神様視点」があることを前提に，何かをする
・「神様視点」が実現可能なようなtoy worldを規定し，その上で何かする
・限定された状況下での「神様視点」の実現に有用なテクニックを開発する
・そもそも「神様視点」などは無いことを前提に，現実の問題を解決する
等々が，通常，仕事となるのであり，現実世界の「神様視点」を実装することを本気で生業とすることなど，普通，考えられない．

ところがGoogleは，「現実世界の神様視点の実現」を組織のミッションとして掲げ，本気モードの規模のリソースと現実的なプランをもって，その実装に着手した．

Googleが実際にそれをやってみることで，明らかになったことがいくつかある．

ひとつは，神様視点に正解はない，ということだ．

神様視点と称するものを差し出されたとき，それが神様によるものではないことは容易にわかる(自分が知っていてGoogleが知らないことを一つ挙げればそれが反例となる)．しかし，それがそれどのくらい神様から遠く，どれくらい神様に近いのかは，人間には分からない．分からない／正解がない以上，それは，より妥当な神様(もどき)を作り出したもの，一番神に近いと周囲に認められたものが勝ち，というレースになる．今のところ，このレースの先頭をひた走っているのは，まぎれもなくGoogleだ．

そしてもうひとつ．

神様視点から見れば，いま誰が何を持っていて，いま誰が何を欲しいと思っているのか，すべては一目瞭然だ．だとすれば，持っている人と欲しい人とのマッチングを取らない手はない．Googleの広告収益モデルというのは，(それが生まれたきっかけはあくまでも偶然だったが) 実は最も理に適った，必然に近いものだったのだ．

(追記：次の記事に続きます)
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090928183407/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Google Earth in the &#8220;t-Room&#8221;</title>
		<description>田口さんのIDEA*IDEAで紹介されていた『The Google Holodeck』．

あまりにも見た目がうちのt-Roomとそっくりなので，笑ってしまいました．(作ってる人間から見ると，設計思想やアーキテクチャが全然違うことも，また，一目瞭然なんですけどね．)

うちのt-RoomでGoogle Earthを動かしているところのビデオもあるので，紹介しておきます．



これ自身は京都にあるt-Roomの映像．一方，ディスプレイに映っている白い服の人は，神奈川県にあるもう一つの同様の装置内に居て，同じGoogle Earthの風景を共有して見ています．



ちなみに，Google Holodeckの誕生の経緯は，

The holodeck began as a tool for Street View engineers to evaluate picture quality. But it’s also a great way to experience other parts of the world.

だそうですが，一方t-Roomは，

t-Room is a room-sharing video system that allows people to simultaneously experience "distant space" and "remote time."

を目指したものです．時間と空間を超えて，あたかも同じ部屋にいる感覚(同室感)を実現するためのシステムですが，仮想世界と同室することもまた可能になっています．

一応，我々自身の名誉のために言っておくと，Google Earth in ...</description>
		<link>http://d.communisense.com/20090914125911/</link>
			</item>
	<item>
		<title>棚卸し</title>
		<description>という訳で，どれを載せようかなあと思いつつ，書きかけ日記保存フォルダを眺めているのだけれども，昔に書いた文章というのは，どれもどこか何かしらの事情が変わってしまっていて，そのまま載せるのも問題あるし，かといって書き直すのも面倒くさいし… どうしたら良いのだろうか．(2年前のPerfumeネタとか :-)

まあ，事情が変わるという意味では，書いたときに公開して今それを見直したら現状にそぐわなくなってる，のと本質的には変わりない訳で，あんまり気にしても仕方ないんだろうな，とは思いますが…

書き直すのも面倒くさい，と言えば，とある人がとある日記で，LamportのPaxosアルゴリズムの論文のことを，投稿したまま放置されていたのが発見されて云々，とか書いてるけど，彼はあの論文の文面をそのまま信じているのかなぁ．

あの論文については，Lamport本人のWebに書いてあること(※)が真相だと思っていたのだけど，彼がそう言うのであれば，実はLamportの記述の方が更に手の込んだ冗談だったりして??? もう何を信じてよいか分からん．:-)

しかし，それにしてもこれ(&#34;The Writings of Leslie Lamport&#34;)は壮観だし，いろいろと懐かしいですね．学生時代に，(ブルバキみたいに)ランポートは一人じゃないとか誰かが冗談で言ってたのを思い出しました．

なんか話が完全に逸れてますが，というわけで，今後出てくる，微妙に違和感があったり説明が回りくどかったりする日記は全部書き溜めネタなので，ご了承ください，というお話でした．


(※) 一応この文章から読み取れる経緯書いておきますね．だいたいこんなんでしょうか．

	「ビザンチンの将軍」のウケが良かったので，今度は「ギリシア(エーゲ海)のPaxos島の議会」で論文を書く
	 TOCSに投稿したところ，査読者が「そのネタの部分，却下」と言う
	 査読者うぜえ! (洒落が分からん奴らだ)と思ったランポート，そのまま投稿論文を放置
	 数年の後，そろそろこの(重要な)論文をpublishする時が来たのではないかね，とエディタに提案
	 エディタ，出版には同意するも，年月が経った分，現状にそぐうようreviseしてね，と返答
	 再び，うぜえ! (面倒くさいなあ)と思ったランポート，自分の手間を省きかつネタをより手の込んだものとするため，「失われた論文が発見された」ということにしてはどうか? と提案
	 結局その案が採用される．演出と補足のための素敵な脚注付きで掲載

ついでに，

	ACMの写植システムが××

とかも書いてありますね．さすが．:-)
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090912233116/</link>
			</item>
	<item>
		<title>インテグリティとユーザーエクスペリエンスとセキュリティ</title>
		<description>(よくわからないカタカナ語を並べてみました ＞ タイトル :-)

で，一応，今回の経緯などを少し．

その1．動機について．

今回日記をわざわざマージした理由を端的に言えば，隠せないのであれば積極的に見せるしかない，と，時間軸的厚みは価値である，の2つ．

まず理由前者について．

以前にウェブで読んだとても印象的な話のひとつに，こんなのがあった．今北産業的に言うと，

不要になったものをヤフオクに出した．
試しにその型番で検索してみたら，
自分が昔書いた悪口が出てきた．

という内容で，その結論として，今や個人のレベルでも首尾一貫性のマネジメントが必要な時代なのですね，という話．

(私は，この話は今泉さんのblogで読んだのだと思いこんでいたのだけど，いま探してみても金輪際みつからない．自分のブクマにも何故かない．という訳で，話の内容自体に何かの思い違いがあるか，あるいは，話はあってるけど出典不明か，です．ごめんなさい．)

私もWebでは往時さんざんやりたい放題なので，もやは，これについては，もう，どうにもならない．

今や過去を消そうと思っても，それは，元のデータを消してGoogleとWebArchiveに削除を依頼すれば何とかなる，というようなものではない．逆にそういう中途半端なことをすると何が起こるかというと，一般人や検索の意図がニュートラルだったりポジティブだったりする人からは見えず，ある種の専門家や検索の意図がネガティブな人からは見える，てなことになるのが関の山だ．

つまり，消せないのであれば，潔く自らの手で提示しておくのが次善かも，というのが理由の一つめ．

次に理由後者．

何か(特にサービス業的なもの)を探すとき，ウェブ検索に依るところは非常に大きい．

とはいえ，いまどき小綺麗でもっともらしいホームページを作ることはとても簡単で，表面的なホームページの内容では何も判断できない．しかし，そんななか，活動の時間的積み重ねというものは，そう簡単には捏造できないものだ．たとえばそのホームページに，明らかに過去数年間の活動の記録があり，そこからある一貫した姿勢とか態度とかが読み取れる場合，(その姿勢や態度に共感できるのであれば)そこを選んだ結果が「当たり」となる確率はかなり上がる．

つまり，自分の14年というのはそれなりの意味があり，それを破棄するのはいささかもったいないかも，というのが理由の二つめ．

等々，まあ要するに，個人のレベルでもそーゆーマネジメントをしないと，これからはいろいろと危険が危なかったり大損だったりするんじゃね？，という個人的思索からの帰結により，このような犯行に至りました，みたいな．

その2．サイト設計について．

RIMNET時代にも書きましたが，この日記の最想定読者は自分自身なので，サイト設計も私のユーザーエクスペリエンスが最大になるようにデザインされています．あー気持ちいい．:-)

WordPressは実際に使ってみたら分かったんだけど，こりゃ，テンプレートもテーマもプラグインもへったくれもなくて，要するにテンプレートとしてPHPのプログラムは何でもかんでも実行可能だし，結局テンプレートだろうがプラグインだろうがアクション／フィルターでいつでもどこでも何でもPHPのコードが実行可能だし(しかもglobalすれば何でも触り放題変え放題)，ああそういえばWordPressコアの関数のオーバライドも可能ですね，というか，まあ本当に「こ れ は ひ ど い (笑)」．おかげさまでいろいろできて，本当に自分のユーザーエクスペリエンス最大です．気持ちいい．ありがとうございます．(いやしかし本当に何でもできるんですかね．何かしら私が知らないセキュリティ機構があることを信じているのですが… でもいまのところやろうと思ったことは何でもできた．:-)

一方，自分以外の読者様には，となると，実際我が身を振り返ってみれば今日び他人のブログなんぞRSSリーダー経由以外では滅多に読まないので，フィードで全文出してさえいればそれで良いのではないかと思う今日この頃，皆様ご愛顧賜り厚くお礼申し上げます(livedoor readerで3人，Google Readerで4人，両方とも内1人は自分 :-)．

という訳で，今後ともよろしくお願いいたします．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090905023756/</link>
			</item>
	<item>
		<title>一年生になったら</title>
		<description>自分用メモ．

今回の衆議院選，自民党の初当選は5人．

	金田勝年 (秋田2区，比例復活) → 59歳．元参議院議員
	斎藤健 (千葉7区，比例復活) → 50歳．国政立候補2回目
	伊東良孝 (北海道7区) → 60歳．元道議．元釧路市長．国政初立候補
	橘慶一郎 (富山3区) → 48歳．元高岡市長．国政初立候補．世襲5世
	小泉進次郎 (神奈川11区) → 28歳．国政初立候補．世襲4世

ちなみに民主党は初当選143人(内，元参議院議員は4人?)．

うーん．

話は別だが，それにしても，今週あたりのメディアの，既得権益が侵されることや業態が衰退していくことへの恐れとそうであるが故の裏返しの高飛車さがミックスされた言動は，そうそうめったに見られるもんではない貴重な見苦しさであるなあ．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090904235844/</link>
			</item>
	<item>
		<title>夏休みの製作</title>
		<description>夏休みの製作完了．



Intermittent Diary &#8212; とぎれとぎれの日記帳…
http://d.communisense.com/


夏休みの製作らしく，8月31日公開を目指しました!!

というのは嘘で，実はとっくに出来ていたのですが，過去記事で無駄に有田芳生の悪口とか誰の悪口とか彼の悪口とか書かれているので，一応，気をつかわないといけないじゃん，ということで，31日公開です．

詳細は http://d.communisense.com/about/ にありますが，旧RIMNET時代とmixi日記をひとつにまとめて，WordPressにしました．で，これが引っ越し後，最初の記事です．

まあ，mixiもそろそろどうかねとか，いつまでリムネットに金払い続けるのかよとか，いろいろ思うところもある訳ですが，とりあえずは，ひさびさに，サイト構築，CMS，スタイルシート，PHP (いやこれは… :)，楽しいかも!!! というのが，お引っ越しの理由です(本当かよ :-)．

というわけで，もしよろしければ，今後ともよろしくお願いいたします．
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090831012726/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Performance 2008 &#8211; 2009</title>
		<description>素晴らしい．

にしても，あそこで "September" をやられると…

そこまでのセットリストと相俟って，ゴミのような，咲き乱れる菜の花のような，といいつつ実は陽炎に揺れる多摩川べりであるところの高校生時代が走馬燈化して，思わず落涙．嗚呼，これで "Touch Me Lightly" があれば…

自分以外には全く通じない文となってますが，今日の日付を確保するために，とにもかくにもまず書き込みを. (ひょっとしたら後で書き換えます) </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090417234300/</link>
			</item>
	<item>
		<title>年度末</title>
		<description>うーん，3月31日 17時半にして，今年度が終わった気がするぞ．

あとなんかあったっけ? 覚えてないということは，きっと無いに違いない!

大過なく終わったかどうかは，他人が決めるので，もういいことにしようっと．

ということで暇だぞ…
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090331173100/</link>
			</item>
	<item>
		<title>初愛媛</title>
		<description>垂水さんやら河野さんが厚木に来ている間に，松山に．

(たぶん) 初愛媛県．これで四国四県制覇!

とはいえ，香川県は小豆島にしか行ったことがないので(高松は行ったことないはず)，若干，インチキぎみではあるが．

で，愛媛といえば，やっぱり，ナンバープレートの変な字体．(え，違うって? :-) たくさん見られて嬉しいかと思いきや，最近は，普通の字になっちゃってるんだ… (人の車のナンバープレートをマクロで撮ってる怪しい奴．)





と思って調べたら当然ゴロゴロ書いてあるのが見つかるけど，こーゆーのって，ほぼ全て何でもネットには書かれていて，逆にこうなると風情がないなぁ，と思いました．

あ，松山の感想．

松山城，きれい．
道後温泉，行ってない．
食べ物，普通にとても美味しい．

うん，いいとこですね．:-) </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090319174400/</link>
			</item>
	<item>
		<title>Next &#8230;</title>
		<description>久しぶりにテレビでニュース番組なぞを見ていると，心の中で j とか n とか s とかのキーを押そうとしている自分がいる…

こんな私はおかしいのだろうか?  いやおかしくない! :-)
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090206235800/</link>
			</item>
	<item>
		<title>切り口</title>
		<description>とある日の実話．面白いなあ．

AさんがノートPCをプロジェクタに繋いでプレゼン＆ディスカッション中，参加者のひとりのBさんが自分のノートPCで議論に関連する新しい情報を見つけました．それを参加者みんなで見ながら議論を続けたいと思います．さてどうしましょう?

参加者各人が(独立に)挙げたソリューション案は以下のとおり．


BさんのノートPCのところに歩いて行って画面を覗き込む
BさんのノートPCをプロジェクタに繋ぎ替える
BさんがURLをメッセンジャーかメールでAさんに伝える
Bさんがググったキーワードとその後のナビゲーションを口頭でAさんに伝える


うーん，なんというソリューションのレイヤの幅広さ!

よくある日常だけど，これをICTアーキテクチャ的に真面目に考えると3年くらい食えるネタかも．:-)

面白いなあ．

 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090130011700/</link>
			</item>
	<item>
		<title>××メディアからの脱却</title>
		<description>いろいろなところで語られている，ソニーのハンディカム・キャンペーン・コンテンツ．

Cam with me（カム ウィズ ミー）｜デジタルビデオカメラ Handycam “ハンディカム” &#124; ソニー


よくできてますね．確かに涙腺やられるおじさん続出は納得，みたいな．

でも，個人的感想を言えば，威力というか破壊力はこちら↓の方が断然上．ちなみに，こちらは母娘の物語．(加えて，上のキャンペーンの企画時にこの本が前提としてあったのではないかという邪推をしてしまいそうになる．)

ちいさなあなたへ
アリスン・マギー(文), ピーター・レイノルズ(絵), なかがわ ちひろ(訳)




Someday
Alison McGhee and Peter H. Reynolds

不思議ですよね，「絵は動かない，音は出ない，インタラクティブ性もない」のに．(笑)

この制約下での表現の凄さは何なんだというか，制約の下での積み重ねがあるからこそ凄いのかというか，そもそもそれは制約などではないのではないかというか．

もちろん，ソニーの方は，ビデオを撮る行為というモチーフとハンディカムの販促という目的，あるいは老いや死というものを感じさせる表現まで踏み込めない(これも邪推)，等々の制約がある訳で，直接較べられるものではないですが．

とかいうことを書いていくとソニーの奴を貶めているように読めてしまいますが，決してそんなことはありません．見れば分かるように，ちゃんと手間を掛けた，かつ，素敵な仕事だと思います．

P.S.
文章を書いた後，タイトルを何にしようか考えてたら，こんなん浮かんでしまった．いったい今は何年だ．:-)

追記．
作り手の方々．
602 inc.
cam with me &#60; yiglog
public var むらけん:Flasher;    Launch* Cam with me &#124; Handycam &#124; Sony
 </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090120022800/</link>
			</item>
	<item>
		<title>コミュニケーション</title>
		<description>微妙に琴線に触れたので…

ソーシャル・キャピタル - 池田信夫 blog
コミュニケーションを求める欲求は食欲や性欲と同じぐらい根源的なので、…
(長い文章の中の本質ではないワンフレーズ切り出しで申し訳ないですが)

最近，自分が以前に書いたこと(*1)(*2)を改めて考え直していたりしていて，いろいろ思いをはせている訳ですが，やっぱり，コミュニケーションというのはそういう位置付けのものですよね．

人間は… とかいうことではなく，生物のかなり根源的な動作原理というか．

そもそも有性生殖(接合による遺伝子の交換を含む)をする以上，個と個のコミュニケーション(1対1からn対nまで)は必須であるし，また，個体や種の生存のために「群れ」を利用する以上，ある種の群コミュニケーションも必須だし．(この2つのコミュニケーションは区別すべきではない同一線上にあるものなのか，それとも実は別のものなのかも私には分からない．)

そういったコミュニケーションというものを機械論的に捉えたとしても，その物理化学的な機構は実は全然分かっていないだろうし，またそれを生気論(二元論)的に捕らえたとしても，コミュニケーションによって伝えられる何らかの存在(「心を伝える」とか言うときの「心」? あるいはクオリア的何か?)がどんなものかも分かっていないのだろうし．

現時点で「伝えられる何か」を表現する手立てとして唯一最大に成功しているのが，シャノン＝ウィーバーの『情報量』であるのは確かだけれとも，それで全て解決はいお終いではないよね，やはり．

で，以下，エントロピーをやりとりすることが生命の基本的ななんとかネゲントロピーがどしたこうした，とか言い出すとどんどん危ない世界に入っていくので，そっち方面は立ち入り禁止です! と．:-)

いずれにせよ，コミュニケーションというのはもっと根源的で，やるべきことというかやるべきアプローチは沢山あるのだよね，ということを自分に言い聞かせたい今日の日記でした，まる．

(*1) Diary: 1996/03/26: あなたは肌が恋しいですか？
(*2) Diary: 1996/07/12: 肌の定め </description>
		<link>http://d.communisense.com/20090116125900/</link>
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