先週くらいに「炎上」していたアレを見ていて思った,『要約が産む誤解と炎上がネットで増幅される様は人間社会の宿痾を抽出しているようでもあり見てて暗澹とするけど,でも,その過程が可視化され記録されるネットはひょっとしたら福音でもあるのかなあ‥‥』という話.

(以下は要約ではない引用を貼ってるので長いだけです)

●パート1

とあるtwitterアカウントの一投稿が「炎上」した.こんなん.

「勉強したくても出来なかった、皆さんの周りにもそういう人がいるはずです。その人たちが勉強の代わりに自衛隊に行く、そんな状況をつくりたくない。そして本当に止めるために、解散総選挙も考え、動いていきたい」

SEALDs(@SEALDs_jpn)/2015年07月16日 – Twilog

これは実際にはこのアカウントの関係者自身の発言ではなく,細野豪志衆議院議員のスピーチ(YouTube)の要約だったらしい.スピーチの逐語書き起こしはこんな感じであるようだ(togetterの書き起こしより引用).

特に若い人たちに考えてもらいたい事がある。最後にそこだけ聞いてもらいたい。
毎年、一万三千人から一万七千人、自衛隊に新しい隊員が入っている。一万三千人から一万七千人ですよ。彼らは一生懸命頑張ってる、今は、志願する人達だけで自衛官を集めることができている、しかしみなさん、今は若い人はある程度いるけれども、数が減ってくるんですよ。十数年後にはもう二割減少する、三十年四十年経つと半分になるんですよ。今でさえ自衛隊の仕事は多い、災害派遣もあるPKOもある、国の防衛もある、そんなに数を増やして、自衛官確保できるんですか皆さん。
私はここに大きな問題が出てくという風に考えている。徴兵制はしない憲法違反だという風に 政権は言っています。私はそこは絶対に一線を守らなければならないと思ってますよ。
しかし、こないだこの質問をして、私は、とても不安になった。奨学金を出して、例えば、自衛隊に二年間がんばったらその後奨学金出してあげますよ。これは憲法違反ですかと問うたら、法制局の長官はそれは違憲ではないといった。これどういう意味ですか皆さん。
いま残念ながら格差が広がってる。
若い人たちたくさんいるけど、皆さんの周りでもね、本当は勉強したかったんだけども、出来なかったっていう人いるんじゃないですか?(間)そーいう若者が、そーいう若者が、本人は希望してないかもしれないけども、勉強するために自衛隊に入らざるを得ないような状況を、私は作りたくないんですよ。(間)そのために、我々は頑張らねばなきゃいかん。
今日は若い人達がたくさん来ています。しかしここに来れなかった若い人達もたくさんいるでしょう。私の娘は、高校一年生です。高校生中学生はまだ中々こういう所に来ることができない、さらには、本当にまだ生まれてない若い世代も含めて、我々はここで、しっかり未来への責任を果たすことによって、この法案阻止をしたいと思っております。
最後の最後にもう一つ、本当に止める、私もそのために頑張りますよ。しかし、本当に止めるためにはね、我々は作戦を変えなきゃならないかもしれない、政権を打倒するしかない。そのためには解散総選挙を求めるしかないんですよ。そのために、我々は頑張りますので、どーぞ皆さん力を貸してください。よろしくお願い申し上げます。ありがとうございました。

@SEALDs_jpnが自衛官を貧乏人呼ばわりする差別発言〜マグナム北斗が激怒して闇削除 #本当に止める – Togetterまとめ

●パート2

そもそも話題になっている「経済的徴兵制」.概念や言葉は昔からあるが,最近されている話と直接結びついているのは,去年9月の東京新聞の記事だと思われる.その記事は以下のようなもの.

貧困層に「経済的徴兵制」?
奨学金返還に「防衛省で就業体験」

 文部科学省は先月末、大学生らの経済支援に関する報告書をまとめた。有識者会議メンバーの一人はその検討過程で、卒業後に就職できず、奨学金の返還に苦しむ人たちについて「防衛省でインターンシップ(就業体験)をさせたらどうか」と発言した。若年貧困層を兵士の道に追い立てるのは「経済的徴兵制」ではないのか。(榊原崇仁)

 発言の主は、文科省の有識者会議「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」メンバーの前原金一・経済同友会専務理事。住友生命の常務取締役などを務めた人物だ。
 奨学金返済が話題にのぼった五月の検討会で、前原氏は「返済の遅延者が無職なのか教えてほしい。放っておいても良い就職はできない。防衛省などに頼み、一年とか二年とかインターンシップをやってもらえば就職は良くなる。防衛省は考えてもいいと言っている」と促した。……
[東京新聞 2014年(平成26年)9月 3日]

(参考:貧困層に「経済的徴兵制」?奨学金返還に防衛省で就業体験の画像 | かばさわ洋平 BLOG

これも元々は文科省の有識者会議(「学生への経済的支援の在り方に関する検討会」)における民間委員(政治家でも官僚でもない)の発言(とある回での発言であり報告書[PDF]への記述もない)に関する報道だ.「報告書をまとめた」という文ではじまる記事だが,内容は報告書とは全く関係ない.また議事録にある発言の記述は以下の通りだ.

【前原委員】  前回も申し上げたのですが,こういうやり方も一つあります。今の経済状況を考えると,労働市場は非常に好転しています。まず,延滞している人の年齢別人数を教えていただきたい。それから,延滞者が無職なのか,低収入なのか,あるいは病気なのかという情報をまず教えていただきたい。
今,労働市場から見ると絶好のチャンスですが,放っておいてもなかなかいい就職はできないと思うのです。前も提言したのですが,現業を持っている警察庁とか,消防庁とか,防衛省などに頼んで,1年とか2年のインターンシップをやってもらえば,就職というのはかなりよくなる。防衛省は,考えてもいいと言っています。前の学生・留学生課長の松尾課長にも申し上げました。文科省だけで解決しようとしないで,国を挙げて,厚生労働次官にも申し上げたのですが,百数十万人いる無職の者をいかに就職させるかというのは日本の将来に非常に大きな影響を与えるので,それをやってほしいとお願いしているのですよ。もちろん負担が重くなった人を救うことは大事だけれども,もっと大事なことは,きちんと就職できるようにしてあげることだと私は思います。ですから,是非,文科省からそういう働き掛けをしていただき,こういう情報をきちんとつかんだ上で,地方自治に関わる総務省にも,そういう動きをしていただくと有り難いのですが。

学生への経済的支援の在り方に関する検討会(第11回) 議事録:文部科学省

……………………

という訳で,経緯を追うと,パート1もパート2も,「炎上」の発端となる状況は碌でも無いなあとしか思わないのだけど,でも,そんな経緯は記録されてるし状況の可視化も可能だしというのは,やっぱ良いことなのかもな,と思ったりもする.この手のズラした要約説明や報道による炎上は昔からあったけど,ネット以前はそれを確認する術がなかっただけなのだろうし.

無駄な炎上を増幅するけど過程を記録し可視化するネットの功罪はいかに.みたいな.

……………………

以下は個々の内容に関する個人的感想なので,別の話だけど,まあ,おまけで書きます.

パート1については,ツイートの要約はリアルタイムで入力するの要約文としては何ら問題ないと思う.確かに誤解を産みやすいが,「」で囲んであるしツイートの文脈でも引用(要約)であることは明らかだ.当該ツイートを(無言で?)削除したのはダメだと思うけど.

また,要約文の内容にせよ逐次書き起こしの内容にせよ,もしそれに問題があるとされたらそれに対応すべきなのは細野衆議院議員だろう.一般人ではないのだし.

パート2については,東京新聞は,というかこの記者は,恣意的な(個人的な感想を加えるなら「悪意のある」)記事を作りすぎだと思う.

  • 「現業を持っている警察庁とか,消防庁とか,防衛省などに頼んで」をわざわざ「防衛省などに頼み」と書く
  • 就職(へのきっかけ)のためのインターンシップであろう発言趣旨を,返済のための労働(インターンシップ)であるかのごとく誘導した文を書く
  • 「徴兵」などという(当然)どこにもでてこない言葉を持ち出す
  • “?”を免罪符にして「経済的徴兵制」というそもそも存在しない問題を提起する

どう考えても駄目.

そもそも防衛医大も自治医大も自衛隊に入り1任期だけ務めて辞める人々も数十年前から存在する.ということは,人々が懸念する「今の『未来』」のシミュレーションの素材は既にある.で,この数十年はどうだったのか,と.

細野豪志民主党政策調査会長氏は,その問題意識をアジテーションのネタにするのではなく,給付型奨学金導入に向けるのが筋だろう.個人的には,学生支援機構に対する事業仕分け[PDF]であった給付型を求める声を,当時の政権は華麗にスルーした印象がある.民主党のマニフェストをみてみると,2012年版には入っておらず,2013年版から入ったようにみえる.

そして,そもそもの経済政策の結果として雇用や賃金も改善させているのは表面上は今の連立政権っぽいけどね.どうなんだろ実際.