Holodeckが「神の視点」かと言われると少し違うような気がするが,それとは関係なく,Googleというのは「神の視点」の実現を本気で目指した組織だ,と思う.

小説(劇作や映画も含む)界隈での専門用語に「神様視点」というのがある.多くの場合,それは,複数の登場人物の心理描写ができる,すなわち,全ての人の心の中が分かることを意味し,「神様視点」を用いることで,作中の複数の人物の視点からの描写が可能になる.

コンピュータサイエンスの分野においても,この「神様視点」という言葉が比喩的に用いられる.例えば人工知能のような分野では,複数エージェントの内部状態を知ることができる状態を「神様視点」と表現するケースがあるし,分散システムの分野では,物理的に異なる場所に存在するもののある時刻での全ての状態を知ることを,そう言い表すこともある.

こうしたものを含めて広義に「神様視点」を定義すると,「異なる場所にある,異なるものの,ある時点での様子を,瞬時に知ることができる」くらいが適切な表現だろうか.

そもそも「神様」というくらいだから,それらの行為は,通常,実現不可能なものだ.人の心の中は窺い知れないし,全てのエージェントの内部状態が取得可能であるケースは少ない.また,仮に状態の取得が可能であっても,対象が分散している場合,通信には遅延があり,ある瞬間にはエージェント内ではなく通信路上に状態(を遷移させるコマンド)が乗っていることもあり,ある時点でのシステム全体の状態を一点で把握することは,ほぼ不可能である.

とはいえ,なんとかして「神様」の立場に立ちたい人もいるだろう.

小説の場合,小説であるが故にそれが可能になる(テクニック的には難しいらしいが).

コンピュータサイエンスの場合は,
・「神様視点」があることを前提に,何かをする
・「神様視点」が実現可能なようなtoy worldを規定し,その上で何かする
・限定された状況下での「神様視点」の実現に有用なテクニックを開発する
・そもそも「神様視点」などは無いことを前提に,現実の問題を解決する
等々が,通常,仕事となるのであり,現実世界の「神様視点」を実装することを本気で生業とすることなど,普通,考えられない.

ところがGoogleは,「現実世界の神様視点の実現」を組織のミッションとして掲げ,本気モードの規模のリソースと現実的なプランをもって,その実装に着手した.

Googleが実際にそれをやってみることで,明らかになったことがいくつかある.

ひとつは,神様視点に正解はない,ということだ.

神様視点と称するものを差し出されたとき,それが神様によるものではないことは容易にわかる(自分が知っていてGoogleが知らないことを一つ挙げればそれが反例となる).しかし,それがそれどのくらい神様から遠く,どれくらい神様に近いのかは,人間には分からない.分からない/正解がない以上,それは,より妥当な神様(もどき)を作り出したもの,一番神に近いと周囲に認められたものが勝ち,というレースになる.今のところ,このレースの先頭をひた走っているのは,まぎれもなくGoogleだ.

そしてもうひとつ.

神様視点から見れば,いま誰が何を持っていて,いま誰が何を欲しいと思っているのか,すべては一目瞭然だ.だとすれば,持っている人と欲しい人とのマッチングを取らない手はない.Googleの広告収益モデルというのは,(それが生まれたきっかけはあくまでも偶然だったが) 実は最も理に適った,必然に近いものだったのだ.

(追記:次の記事に続きます)